”メンヘラ”と名乗るには元気すぎ、”普通”に混じるには弱すぎる。どっちつかずの人間の、人生放浪日記。
2008/09/11 (Thu) 結婚向きじゃない

他の人のシフトの関係で今日は休めることになった。班長に恩着せられたけど。まあいいや、久々の平日休みだー!うれしい。家事(洗濯と食器洗い)はすませといた。はーすっきり。ほんと最近家事が負担。。ごはんはもうほとんど作らなくて、ごはんを炊くことだけは一応毎日やってるだけ。「お前暇なんだからやれよ」みたいな空気がもういやなの。負担なの。そんなんじゃないと思うんだけどね、両親は。ただ疲れて帰ってきたからご飯が食べたいっていうだけなんだろうけどね。

私は母親に自己犠牲を求めてるのかね。母親、まったく家のこと気にせずに(まあ無言の非難はあるけど、私とか父親からの)遅くまで飲んで帰ったりするから、上司に「○○さん(母)は家族の夕食とかどうしてるの?」って聞かれたらしい。母親はカッとして「あなたに関係ないことですよ」って答えたそうだ(当然上司との関係は悪化した)。そのことを随分根に持つ…というかこだわって…というか、何度も何度も私に話すもんだから、「まあ当然の疑問じゃない?そんなふうにいきなり怒られて相手も気分悪くしたと思うよ」って言うと、先日やっと「図星つかれてついカッとしちゃったのよぉ。」と素直なところを口にした。わかってるんじゃんw

母親は自分を犠牲にすることに徹底的に拒絶反応があるみたい。どうして女だからって一人前に働いちゃいけないの。一人前に働いてるのに家事までしなきゃいけないの。そりゃそうだなぁ。もう答えが出ない問いだから正しいとか正しくないとか言わないけど、現実の皺寄せは家族に来た。それで私も、「どうして私の人生を結婚で犠牲にしなくちゃいけないんだろう?」と思うようになった。しかも、「ただでさえ母親のぶんの犠牲を繰り下げられてきたというのに!」

犠牲とかそういうことを言い出したら結婚はできないんだと思う。女性の場合は特に、育児だとか家事だとかの負担の割合は大きくなるし、たしかに社会的に評価はあまりされないけれど、それをいちいち犠牲なんていってたら成り立たない。そう思うと私は結婚向きじゃないんだな、ときのう友人と「結婚向き・結婚向きじゃない」っていう話をしていて思った。

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2008/08/26 (Tue) 父親の怒り

面接のせいか、迫る試験のせいか、バイトのストレスのせいか。カウンセラーが妙に恋しい。
気持ちがイガイガしてる。

昨日の夜。フローリングにタバコを父がよく落とすらしく、母が「もうイヤ!あの酔っ払い」と愚痴を言っていたので(母の愚痴の言い方は、聞いているこっちが情緒不安定になるような、カナきり声でキーッ!って感じの愚痴だから、だんだん滅入ってくる)、「お父さんに言えばいいじゃない」と言ったら、「言ったら目の色変えて怒るから言わない」とのこと。

目の色変えて怒るかなぁ。たかがそれくらいのことで?私はずっと父が嫌いだったけれど、それは「昔の古きよき家長像」みたいなものにちょっと自分を重ねてて、それでいろいろなことを免責されようとしているところ(って穿ちすぎかな)。

父親は、滅多に怒ったりはしないけれど、怒るときは激しく怒る。机をバンっと叩くとか、ボウルを殴ってへこませるとか、ガラスを割るとか。とにかく暴力を使って怒りを表そうとするんだよね。人に向かないだけマシなのはわかってるけれど。

母いわく、「男のプライドを傷つけられた」ら怒るらしい。伝家の宝刀みたいに「男のプライド」を出されても。それを見て母親も水戸黄門の印籠出されたみたいに平伏しなくても。古臭くて、白けてしまう。怖がらせようとしてるだけ?自分が怒っているときは家族に特別だと思わせたいの?って。
そんなのが夫婦で、そんなのが結婚だったら、私はいらないな。そんな夫なら、私はいらない。

父は逆に私が怒ってもなかなか真剣に取り合ってくれなくて、茶化すだけ。だから私は余計に腹が立って、父が一番頭にくるようなことをあえて選んで言ってしまう。母曰く、「あんたはお父さんのプライドを傷つけるようなことを言う」。そりゃそうだ、そうしてるんだから。

コミュニケーション不全なんだよね、要するに。
父がそういう怒りの表し方しかできなくて、母は大事なことは言えなくて、それで父の愚痴を言ったり諦めたりしている。十代の頃私は結婚なんてまるでしたくなかったね。両親を見て失望していたから。いまは、父の良いところも見えてきたつもりだけれど、父の怒りについてだけは、理不尽だなぁと思ってる。

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2008/07/15 (Tue) 歩き始めてたった3年。

「自分ができなかった分勉強してほしい」「自分がそうであったように勉強してほしい」、どちらも子どもに苦労してほしくないという親心から来るものなのだろうが、残酷なのは、それらの言葉によって、「幸せをはかる基準はひとつである」ということを刷り込まれてしまう可能性があることだ。「学業努力をし、学歴を得ていい会社に入ることで、安定した生活と充実した人生が待っている」という一本の価値観は、私の人生も縛る大きな枷となっていて、いまだに私はそこから抜け出せないでいるし。

中学校で親しい友人ができない私に母親がよくかけてくれたのは、「今の中学校は公立で生徒のレベルもばらばら。勉強していい高校に進めばあなたのレベルに合った友人が見つかる。」という言葉だった。この母の言葉が私の唯一の心の支えだった。のちに自分のやってきたことの貧しさ空虚さに気づき、大いに悔やむもととなるのもこの言葉だったのだが。【では私にもし子どもができて、子どもに同じ悩みを打ち明けられたらなんと答えるべきなんだろうか?わからない。】

「今の苦しい環境は、通過点。我慢して努力すれば、いずれくる将来は明るい。」母の言葉を胸に、あのころの私は、先へ先へと向かって生きていたように思う。そうして、その「いずれ来る将来」というのが、”大学合格”だったのだ。大学合格すれば、すべての未来は明るいと、私はそう思っていた。しかし、長くの受験勉強に疲れ(それは、中学生くらいからずっと続いてきた休みなしのマラソンのようなものだった)、ようやくゴールしたはいいものの、大学は合格がゴールではない。合格してからもまたすぐに、新たに目標を定めて歩き出さねばならない。

しかし、”大学合格”という大きなゴールを通過した私は、その先になにがあろうともはやヘトヘトで歩き出す気力もなかったし、「どこに歩いていってもいい。なにをしてもいい。」という大学の言葉もまるで理解できなかった。私が大学に望むのはただひとつ、私を管理してくれることだった。なぜなら私は、”自分の好きなことをやる”だとか、”主体的に積極的にものごとと関わっていく”という生き方とは対極にいたからだ。言われたことをやり、与えられた課題をこなし、ペーパーテストで好成績を残すということならできた。しかしそれしかできなかった。人間関係を作っていく能力にも乏しかったし、自分の興味や関心のありかなどわからない。そもそも学部も「就職にいいから」と選んだ学部で勉強内容にさして興味もない。勉強はできたかもしれないがそれだけのつまらない人間と感じていた。人間的魅力もなければ、希望を持って大学で勉学に励む意欲もない。とても空虚だった。信じていたものがハリボテと化して、とてもとても空虚になった結果、自分を殺したり、家族に暴力を振るったりする子どもがいるのは、私にはよく理解できる…。大学にはたった2週間で足が向かなくなった。

18歳から21歳くらいまでを、そうして大学に行ったり行かなかったりして過ごした。何度仕切りなおしても何度もつまずいた。ふつうつまずくところではないと思うような些細なところでまたつまずいてしまうのだった。ある日突然なにもかもが辛くなって、とても朝9時から夕方まで講義を受けられないと思い、家から出る気力を失う。大学の人間関係をこなすのがとてもしんどくなってしまう。どうしてなのかわからなかった。とにかく自分に原因があるのだと思っていた。自分の意思が弱く、だらしがないせいだと。勉強ばかりしてきた自分が、ほかのことをすべて切り捨ててきたからだと。家族のせいだ、母親のせいだ、という考えが頭をよぎっても、「もう20歳にもなるのに自分の弱さを親のせいにするなんて見苦しい」という「良識」がそれを追い払った。

私がほんとうにひとりの人間として生きはじめたのは、大学を辞め、働いて家を出て一人暮らしをはじめてからだと感じている。そうして働きはじめてから一年後の23歳からカウンセリングを受けはじめた。そうしてカウンセリングで家族の話ばかり出てくるのに驚き、カウンセラーに思わず聞いた。「私の問題なのにこんなに家族のことばっかり話して意味があるんですか?」

両親の教育方針が、私たち子どもを思う愛情であったことは理解できるから強くは非難できないけれど、今もう一度子ども時代をやりなおすと想像してみると、考えるだけで耐え難いものがある。同じような環境で、死んでしまう子どももいるし、死なない子どももいる。私は死ななかった。

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2008/07/10 (Thu) 語るのつらい お金の話。

今日はよく働いたな〜ていっても実働7時間半ですが。肉体労働なのでいい感じの疲れ。

夜のお中元バイトの休憩時間なんかに親方(経営者の人だけど親方というのがぴったりな風貌。)と話すんだけど…。

親方は色々事業やってきた人で、それは昔極貧だったというところからきたモチベーションなんだと話してくれた。若い頃からいかにしてお金もうけるかを考えてきた、と。サラリーマンとは違うが稼ぎたいなら運送業はいいという話になった。私も父親は運送業だから少しはわかるつもりだが、いくら昼からは休憩しているようなものといっても、その拘束時間の長さはハンパじゃないし、やはり体力的にきついと思う。毎日夜10時過ぎに帰ってくる父親、オフィスワークだがワーカホリック気味なため同じく夜遅い母親を見ていて、私は夜遅くまで仕事に費やすのは嫌だと今は感じている。

親方は話し好きで色々話してくれるのだが、それらはまあ、要するにお金の話が多い。それがちょっとつらい。私はお金の話が苦手。お金は大切だし、お金の話が賎しいとかそういうことじゃない。単に過去お金に余裕があった試しがないから、お金が多いとか少ないとかそういう話題が苦痛なのだ。いつも財布にいくら入っているか把握しているタイプじゃないし、お金の話題にアンテナ立ててないし、金勘定も苦手。親方みたいにハングリーに向かっていけない。お金儲けの才覚もないだろうし。金持ちになれるタイプじゃないんだろなと自分でも思う。

私の親族らはお金の話大好きなんだけど。父親はそうでもないが、母親、叔父叔母、祖母まで。お金の話ばっかだ、と言うと祖母は「お金の話が一番面白かろうが。」だって!私は苦痛なんだけどな、自分や従兄弟達の就職先やなんかをあれやこれや批評されるの。大学中退したときは親戚たち誰の顔も見たくなかったな。

私の家も裕福じゃないからお金がほしいという切実な思いは理解できる。給食費だとか文房具代だとか必要なお金でも親に言いにくかったし、学校に着ていく洋服やなんかにもよく困ってた。○○だからお金が欲しいと言ったときの母親の嫌そうな顔が見たくなかったし辛かった。

東京で家を買いたいというのは、母親の悲願だった。故郷に帰りたいという父親との意見の相違もあり、ついに叶わなかったのだが。叶わなかったためか母親は他人の家を見るたびこき下ろしたりケチをつける。コの字型に並んでる家の固まりを見ると「近所づきあいに縛られて嫌。」建て売り住宅を見ると「雀の巣、マッチ箱みたいに狭い家。」そんなふうに。いい加減にやめなよ、というと、ふてくされてしまう。そういうとき、母親は成功したかったのだなとつくづく思う。子供にお金に困らない安定した生活をしてほしかったのだなと。他人の生活や家を目ざとく品定めしてこき下ろす母親の姿は、母親の心もわかるだけに子供心につらかった。私の心にも、お金を持っている人が妬ましい、母親の言う通りだと母に同調する部分もあって…。口先だけで母を非難する自分自身にも苦しんだ。

そして、私はお金に対してニュートラルな距離を保つことに決めた。できるだけ見ないようにする、といったほうが正しいか。財産の多寡は生まれついた境遇にも左右されるし、それを受け入れて生きようと。それを責めるのはお門違いだと。そのスタンスは生まれた家のことだけのことではなく、現在将来の自分の収入に対してもである。お金がほしいか欲しくないかと言われたら勿論欲しいけれど、十分に食べていけるだけのお金を得るための職業、健康な心身、心許せる家族や友達、それらがあれば私は多くは望まない。というか、これでも望みすぎだよね。葛藤の多い話題だな。

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2008/06/14 (Sat) 兄のライバル?

・仕方がないの母
・傍観者の父

で書いた内容のほか、兄についても話し合った。
お兄ちゃんはどうして私に攻撃的で甘えた(といっても子供がやるようなかわいい“甘え”では当然ない…)態度をとるんだろう?するとカウンセラーから、私への上から目線の言動、存在無視、意地悪な物言いは、妹の私に競争心を持っているからではないかとの指摘を受けた。

そうなんだろうか。兄のことは未知すぎて、すべて推測でしかわからない。持ってるかもしれないし、持ってないかもしれないし。幼い頃に限って言えば、確かに私のほうが勝ち気で学校の成績も良かったから、兄は私にそういう面では劣等感があったかもしれないけれど。私は私で、兄の友人の多さや人好きする性格にコンプレックスがあったのだが…。
現在の兄は私へのコンプレックスを乗り越えたと思ってそう。でも実際見下した態度を取るということは、まだそれから解放されてないんじゃないか…。なんて、これも勝手な想像


カウンセラーは、お兄さん本当に友達いるの?と言うけれど、私が兄のマイナス面だけ語っているからで、実際カウンセラーも兄と会えば兄を好きになるんじゃないか、と心のどこかで寂しく思ってたり…。

二者関係である以上、兄だけじゃなく私のほうにも原因があるのだろうな。兄といると緊張するし、意識してぶっきらぼうになってしまうし、弱みを見せられないと構えてしまう。弱みや隙を見せると、たちまちそこを突かれるんじゃないかと怯えている…。憎まれ口なとたたかないかわいい妹でいればいいのかと思っても、見下されていたり、自分に対して無関心に見える相手の歓心をあえて買おうとも思えない。

私が短期マンスリーで暮らすことについても、兄は一言もコメントしなかった。不自然なほどに。だからなにかを感じているのはわかるが、そのことについて話題にするだとか、聞いてみるだとかはできなかった。また否定されたらと思うと怖かったから。

マンスリーマンションで暮らすにあたって、母とは話し合いにならず、父と兄とは話し合いにすら至らなかった。ここでこうして暮らしていて、私の情緒は安定しているが、カウンセラーと話しているうちに、結局理不尽に私ひとりが割を食ったという憤りで悲しくなってきた。

しかし家族には、個室が必要だという私の主張が認められなかったのだから仕方がない。夜眠れないこと、母親の気分の影響をシャットアウトする空間として、ドア一枚隔てた個室は必要だった。母と兄が何を話して異様が、母がどれだけ機嫌が悪かろうが、離れていればさほど問題はない。
もっとも、実家に戻ったばかりの頃は母親にべったりで、抱き合って寝たりしていたのだが…。、いつのまにか自然とそれはおさまっていった。あのときは母親と密着していないと不安だった。今では同じ部屋で寝るのも きついというのだから、この短期間の変化は驚きだとカウンセラーも言っていた。また8月に戻ったときはそうなるかもしれませんよと答えはしたが、今回はなんとなく大丈夫なんじゃないかと思っている。

ちなみに母親は私がこちらに移動してきてから、優しい。離れていると優しくなるのだ。ご飯食べに来ない?と電話かけてきたり。平日にご飯作ったことなんかほとんどなかったのに。断ると悲しそうにするので罪悪感があるが、断った。罪悪感を持たせて娘が自分から離れることを無意識に防いでいるのかもしれないというのは、カウンセラーの見解。


次回の兄の帰省について、私以外誰も個室の必要性を感じていないなら、次回はお兄さんがリビングで寝ればよいのでは、と提案してくれた。たしかにそうすれば私は個室を持つことができるが、家族が私ひとりが個室を使うことに納得するだろうか。himaさんは女性だし、男性のお兄さんより個室が優先されて当然というのがカウンセラーの主張なのだが、私の家庭では「男だから」「女だから」という性別に関する配慮が見られないから、その主張が通るかは微妙なところ。

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