失業給付を受けるためには、次回ハローワーク来所【4月25日】までに2回の就活の実績が必要である。
なので、本日は、2件リクナビ経由で応募した。
職種は両方一般事務。
受かりそうで、受からなそうで、微妙な感じのラインを狙ってみた。
書類は例によって、一番最初に作った職務経歴書を流用。
15分で終了。採用だろうが、不採用だろうが、実績はできた…かな?
良い時代になったものです。
失業給付の仕組みがようやく理解できてきた。
アルバイトをしてもいいけれど、した日数分は給付が持ち越されるんだね。
私は10月までに90日分もらえればいいから、少しはしても良さそうだ。
ということで、もう1件、アルバイトに応募。
運よく近くの郵便局がバイトを募集していたので、郵便配達【自転車】に応募してみた。
アルバイトと予備校の両立は、私には難しいと思うから、できればしたくなかったけれど…。
兄が帰ってくる3ヶ月間、ウィークリーマンションかレオパレスで暮らすことを本気で検討している。
お金が必要になってきた。
しなくてもいい苦労をして、払わなくても良いお金を払っているようだけれど、私の精神の安定のために、ひとりになれるスペースは必要なのだ。
私はうつ病ではないから、うつ病ではないけれど…自分の精神の安定を一番に気を配らなきゃならない。
思い通りにならない家族に不満もあるけれど、皆、一生懸命だから、仕方がない。
もし無理でも、自分で自分を助けるために、できることはしたい。
#母と父が仲直りしてました。「あなたたち、口きくようになったのぉ〜」と言ったらうるさいッと言われた。で、おこづかいもくれた…。ふふ。よかった。励ましてくださった方、ありがとうございました!
大学中退者の就活 | trackback(0) | comment(7) |
両親が数日前からケンカしている。なーんか、変だなと思ってたんだけど…。何年ぶりだろう。家族のケンカなんて親交を深めるお祭りみたいなもんだっていう言葉も聞いたことありますが、うちのはそんなスカッとしてなくて、冷戦というか、消耗戦というか。
母から聞いたケンカの原因。ストーブをどちらが消すかで言い争いになったとのこと。父が、立ち上がった母に、「ストーブ消してや」と言ったら、母が「あんたが消せばええやろ」とね。そこから始まったらしい。【父と母は愛媛出身なので、我が家の共通言語は、伊予弁です。】くっだらないことよと母は言ってましたが、うん、くっだらないなぁ。でもそんなものだもんね、ケンカって。
推測だけれど。父は虫の居所がなんとなく悪かったのかなぁと思う。ふだん滅多に怒らない人だから、怒ったの何年かぶりじゃなかろうか?
その日、私は予備校で…予備校のない日は私は夕食を作るのだけれど…予備校の日は、最低ご飯だけは炊いて家を出ることにしているのだが、間の悪いことにその日はちょいとサボってしまったのだった…。
だから、父が10時すぎて帰ったとき、家には誰もいなくて、ご飯もできていなくて。仕事で疲れて帰ったのにそれじゃ、もっと疲れるだろうね。父はまったくといっていいほど飲んで帰らないし、母がさらに仕事帰りに飲んで帰ってきたから、余計機嫌が悪くなったんだろう。
父の言い分。メシも作らず家事もせず、飲んで帰って、さらにストーブのスイッチを消すくらいのこともできないのか。
母の言い分。私は一人前の仕事をしているのに、さらに家に帰っても”女だから”という理由のみで家事を負担させられるのか。ストーブのスイッチくらい自分で消してよ。
要はこういうことなんだろう。ストーブはどうでもいいのだ。ふたりのケンカはこの類型ばっかりだから、よ〜くわかる。
母は男なみの働きをしているのに、もって生まれた性別が女だからといって家事をしないといけないというのに納得できない。自分ばかりが犠牲になる、搾取されてるっていう気分になるらしい。
父は温厚で揉め事がキライだから、ふだんはそんな母を許容している…ようだが、割と保守的な人間であるのは確かだから、やはり母に家事はやってほしいみたい。実際、母が仕事で家事が後回しになってしまうのは仕方がないとしても、「働いてるんだからできなくて当然じゃない」って開き直られたら腹が立つのだろう。
そんな感じで、いったんケンカすると、一週間〜一ヶ月は続くからな、ハタで見てるこっちが疲れるのだった。
やや深刻に語ってみると、私は過去、大小取り混ぜて両親にこのテのケンカが起こるたび、同性である母の味方になって父をずっと敵対視していた。両親が離婚すればいいとさえ思っていた。それがいつの間にか母は父と完全ではないが和解していて、私と父とのあいだにわだかまりだけが残り…。私はひとり割りを食ったような印象を今でも拭い去れない。母の父への怒りを、私が代わりにか一緒にか、引き受けてしまっていたところがあったのだろうなと。
だから、私はもう二度とふたりのあいだに入って、よけいな三角関係に巻き込まれることがないようにと思っている。で、過去の歴史から、どちらかというと母にやや警戒心を持っている。もうちょっと大人なら仲裁のきっかけでも作ってあげられるだろうけれどね。
だれかとケンカしたときって、その周囲の人への接し方に迷う…つまり、相手が周囲を味方につけようとするような動きをしてないか気になるものだ【私はそう】。ケンカして以来、父は私に対する態度が変わらないが、母は私にやたら接近してきたり、逆に八つ当たりしてきたりとやや情緒不安定。そんな母の情緒不安定に影響されないようにバリア張るので精一杯だしなぁ。
ふたりにフェアに接するというのがなかなか難しいから、私もどちらかをさしおいて、どちらかと口を聞くということは避けて、それってけっこう難しいものだから、結果的に三人でいるときには無言をつらぬくことになってしまう。
母はちょっと悪いと思っているのか、今日は晩ご飯を作り置きしてどっかに出かけていった。洗濯物も干して行った。ただね、料理を作ったはいいんだけれど失敗していて…かぼちゃの煮物を焦がしていてね。それを父が「お前が小さい頃から、料理の腕がちっとも上がらん。才能なしじゃ!」とまた意地悪なことを言うのだった。
で、父に「あなたたち、ま〜だ仲直りしないの?」と聞いてみたら、父は「口きかんだけや」と言う。それをケンカって言うんじゃんね。どっちも頑固だから、自分から謝ったり話しかけたりしないから、長引くんだよね。
不満なことは話し合えばいいのに、と思うけれど、もう何十年も結論が出ず保留にしてきた議題だから、今更話し合う気も出てこないんだろう。私ももはや取り持つ気が出てこないからよくわかる。どっちの言い分もわかるものなぁ。
ただ、実際問題家事は誰かがやらなきゃいけないことであって…。ご飯をちゃんと食べないと病気になるし、お皿は洗わなきゃたまるし、洗濯機を回さないと洗濯物はきれいにならないしね…。「押し付ける」「押しつけられる」っていうところから、離れないともう仕方ないんじゃないかね。
働いている両親のどちらも手が回らないとき、ふたりのあいだで宙ぶらりんに浮いた部分の家事は今のところ私がやっているのだけれど。それはそれで、いいのだ。私、暇だし。多少は強迫的な義務感だけど、それでも、家事の大切さをかみしめながら取り組めるしね。それに私はこの家では、「子供」の立場だし、メインに家事をやるべきであるという重圧はなくて、【手伝ってる】という意識で気楽にできる。主婦の立場ならまた家事との関係も変わってくるのだろう。
まあ、私ももう子供でないし、気楽な立場。ふたりとも、はやく仲直りしてくれますようにと願うばかりだ。
家族の話 | trackback(0) | comment(7) |
友人がめでたく就職することになりそうで、今までしていたアルバイトを辞めることになったので、お祝いがてら、昼にふたりでそのバイト先のレストランで食事をしてきた。友人からフロアの同僚の話をよく聞いていたので、ウェイター&ウエイトレスは会ったことがない人たちだけれど顔なじみのような感じ。もちろん、私の勝手な親しみなのだけれど。
カジュアルとはいえフランス料理の店だったし、まわりは友人の知り合い【同僚】ばかりの店だしということで少し緊張したけれど、皆さん優しく話かけてくれ、とても楽しいひとときだった。友人からよく話を聞いていて、ちょっとファンのような?心理を抱いていた男の子と会えたのが嬉しかったかな。はじめに少し名前を言っただけなのに、ちゃんと覚えてくれてて、イメージどおりの賢くておもしろい人だった。その人も、就職で遠方へ行くことになったそうで、本日でバイトはおしまいとのこと。春は出会いと別れ、旅立ちの季節。よい思い出になった。
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本日は、19さんと赤坂に行ってきました。最初は阿佐ヶ谷に行くはずだったのだけれど、前日きゅうきょ赤坂に行きたいというから・・・赤坂になにか用事があるのだろうと思ったら・・・赤坂サカス?というのができたらしいですね。
あかさかさかすぅ?はじめ19さんはなんのギャグを言ってるんだろうと思ったんだけど…。トレンドにうとい私は知りませんでしたが、今月20日にオープンしたばかりの複合商業施設のようで、六本木ヒルズのようなもんらしいです。いや、六本木ヒルズよりもだいぶショボかった・・・ですね。汐留よりは活気がありそうか。
赤坂サカス、TBSとオフィスビルとレストラン街、劇場とライブハウスがあるだけです。こうしてみるとけっこう色々あるか、でもほとんどのところは入れなかったし、今のところ私はどこにもなんの用もないからなぁ。洋服買えるところがあるのかと思ってたけど、それもごくごく僅か。19さんはおめあてのサンデージャポン(TBS)のグッズ、サンジャポテト(お菓子)が完売していて、がっかりしていました。屋台に変わった食べ物がいっぱい売ってて、それはお祭りみたいで楽しかったです。春休み〜って感じ。ソフトクリームは500円という暴利でしたが。渡る世間は鬼ばかりに出てくる中華料理屋「幸楽」のラーメンを売ってたのでそれをお昼に食べました。中身はごく、フツーのしょうゆラーメンです。
その代わりといっては何だけれど、桜は満開で、すっかり春。赤坂御所に足を伸ばせばよかったかししら。
あとは新宿で、暇に任せて噂のクリスピードーナツの行列に並んでみたり。ミスドのほうが私は好きかな?慣れてるからか、庶民だからか。自動的に大量生産されていくドーナツにも不良品が一定の確率で存在し、それはアルバイトの女の子につまみだされてアッサリ捨てられてしまうのでした。ドーナツ社会版・社会不適合者だねと切なくも親近感をおぼえてしまった。就活生やフレッシュマンらしき人を窓から見つめてふたりでうだうだしたり。で、最後はいつものごとくお笑いライブで〆め。こんな楽しい日々は、今だけだね。
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uta+cotoriの美鳥さんが記事に書いてたのを見て、いいな〜と思い、アバター作ってみました。
yahoo!アバターをひっぱってきたので、動かないんですが。まあ、実物よりかわいくできて、満足です(笑)アバターにふさわしい女性になれるようがんばりたいと思います♪
で、ほかにも色々アバター作れるサイトないか見て回ってたところ…
http://elouai.com/doll-makers.php
ここ!ここが凄い。
yahooアバターは、ちょっとかわいい服なんかは有料なんですが(yahooめ、せちがらいなァ)
ここはすべて無料なんですね。
フツーのアバターのほかに、NARUTOやハリポタのアバターも作れます。
どうやら韓国のサイトなんかな?英語で書いてあるんですが、操作方法は簡単なので、英語文盲な私でもできました。
アバターを作りたいなと思ってるそこのイニシャルUちゃん、おすすめです。
私も熱心に遊んじゃったよ。
そこで作ってみたアバターを大公開っ…
じゃーん!!
おひめさまぁ〜
私のロマンですぅ
パンがないならお菓子を食べればいいじゃな〜い?
あと、
じゃーん!!![]()
このいろっぽいヒトはですね…
「作ったアバターブログに飾ってください」っていっても美鳥さんはウンと言ってくださらなかったのでですね、非難が来るから?と言ってね。
だから、勝手に私の脳内イメージ?の美鳥さんを作ってみました!!
どでしょ?
やはり鞭はなかったんですけどね。文鳥飛ばしてみました。
ほかにも色々作ってみてるんですが…今日はここまでで。
ちなみに私は、はじめに作ったアバターが気に入ってるんで、これで行こうと思ってます。
いやー、また暇人ってことをアピールしちゃったよ
追記:画像の保存の仕方を・・ご参考になれば、、
上で紹介したリンクhttp://elouai.com/doll-makers.php内の
Candybar 4 Doll Makerで上ふたつのアバターは作ったのですが、画像を保存するには、アバターの下方にある
のアイコンをクリックするとできると思います。
別のGirl Candybar DollMaker 2の場合でも、
をクリックすると同様に保存できます。
保存したあとはブログに画像をUPしていただければOKだと思います♪♪
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※※※自殺について触れた記事なので、不快になる可能性があると思われる方はご注意ください※※※
もう私は死にたいとは思わない。東尋坊【自殺の名所です】は心のお守りではあるが、それもときおりそっと握り締めて「やっぱり生きていたいんだ」と呟くだけだ。
以前、私の好きだった空想のひとつに、「もし世の中に、ぱっと押すだけで自分の存在を消すことのできるスイッチがあったら?私はどうするだろう」−というのがあった。
「ためらいなく押す。」と思っていた。今は…今は、答えはどっちでもいいと思っている。生きたいとか死にたいとかの話ではなくて…どっちでも変わらない。なぜならそんなスイッチは現実に存在していないから。「もしも…」の話なんだから、そんな答えはズルイと思われるかもしれないが、いやいや、これが大切。人間はぱっと消えられない。だから、そのときの気分で押したいとか押したくないとかいうのにはあんまり意味がない。死にたいと消えたいにはおおきな隔たりがある…、死ぬってもっと、大変なことなんだろうと今は思っている。生まれてくるのも【生んでくれた母のほうが大変だったか】大変だったのだろうしね。覚えてないけど。ありがとう。
以前死にたいと思っていたとき、死にたい死にたいの死にたがりじゃなくて、よし、本気で死を検討してみようと思ったことがあった。死のイメージトレーニングというやつだ。そのころは、2ちゃんねるの自殺スレッドなんかもよく覗いていて・・・【よくないところに出入りしていたな】、そこも皆、「死にたい死にたい」という苦しい気持ちの吐露、どこまで本気かよくわからないような書き込みにあふれていたのだけれど…。
そんななかで、珍しく具体的な−そのころ流行だった「練炭自殺」のやりかたについて、詳細に説明、検討したスレッドがあって、わたしの目はそれに釘付けになっていた。もうそのスレッドが続いているのかどうかはわからないが…
たしかそのスレッドを立てた人は、練炭自殺を実際に実行しようとしたのかな…未遂に終わったのか、忘れたけれど、かなり実行に近いところまで移した人、だけど結局、生きることに決めたから、自殺推奨というわけではなくて、「練炭自殺はこんなものである、こんなものであると知って、思いとどまってくれる人がいてほしい」という、自殺の抑止目的で書き込みをしていたと記憶している。だって、殺人幇助になりかねないものね。そんなスレッド怖くて私も読めなかっただろうと思うから。
そこには詳細に練炭自殺の手順が書いてあって…車にこれこれこういうふうに目張りをして、時間帯を選んで…というふうに、現実に行う計画としての練炭自殺マニュアルが書いてあった。わたしはいちいちそれを丁寧にイメージして、自分がその場にいるかのように…できるだろうか…と覚悟を決めながら読んでいったのだけれど…最後、いよいよ「決行」する前に、ひとつ、これはなんの意味があるの?と目が点になった項目があった。それは、
「みんなでアンパンを食べる」
という項目。アンパン?なぜ?なんのために?
アンパン?一瞬、いや、ドラッグの…?とと思ったが、そうではないらしい。あんこの入ったパンだ。深刻な手順のなかで、明らかにそこだけ浮いていて、マヌケな感じがした。死刑執行前に、死刑囚は最後におまんじゅうか何かを出されるというけれどそういうの…?なにもアンパンでなくても、もっと美味しいものでもいいんじゃないか。いや、そもそもこれから死ぬのにお腹をいっぱいにしてどうする。読み進めていくと、そこにはスレッドを立てた人の説明が、【うろ覚えだが】このようにあった。
「こうして準備するにつれ、心理状態はちゃくちゃくと非日常、異常な世界に入り込んでいきます。しかしいよいよ最後に決行前に、”アンパンを食べる”ということをしてみる。そうすることで、日常に心を一度引き戻して、これから何をしようとしているんだろうということをもう一度考えてみてほしいのです。それで、やはり死にたくないと思ったなら、そこでやめてしまったっていいのです。」
こう書いてあった。私は、イメージだけの身だったけれど、知らない人たちのなかで、黙々と、もそもそアンパンを食べている自分を想像して…もしその場でアンパンを食べたら…やっぱり「なにやってんだろ」「滑稽だなぁ」「死にたくないなぁ」と思うだろうな、と感じたのだった。「やっぱり生きたい」と思うだろうな。そのまま行ってしまう人もいるのだろうけれど、私はそうじゃない、と。そのスレッドは、そこで読むのをやめた…。
人間はぱっとは消えられない。そんなにキレイにはいかない。突然に訪れるか緩慢に訪れるかはわからないが、死にはいろんな過程があって…あがいて、苦しむこともあり、徐々に熱量を失っていって…そうしてやっと訪れてくれるものなのだ。ならば、私はそのときを待とう。私は死にたがりではなく、生きたがりなのだ、と。なんのことはない、たんにいちスレッドを読んで考えを変えちゃうような話だけれど…あれが転換点になって、私は「この世から消えられるスイッチ」について考えることはなくなっていったのだった。
メンタル整理 | trackback(0) | comment(9) |
お友達のUちゃんのブログで出会った言葉、「マインドフル」が印象的で、ここ数日そのことについて考えていた。【マインドフルとは?】Uちゃんから許可をいただけたので、引用してみます。[Uちゃん、ありがとう!]
そこで、音だったり気配だったりといった雑音・雑念を追い払うために、やろうとしていること・やっていることに意識をしっかり向け直すことや、気持ち(心)をこめて(= マインドフル)物事をやることが有効じゃないか、と、言われた。
(例として、アメリカで行われている干しぶどうを食べる話を聞いた。普段、何気なく食べている干しぶどうを、ゆっくり、時間をかけて、形、色、味、触感、舌触り、喉越し…と、ひとつひとつ噛みしめながら食べる、という話)
人間はどうしても目の前にある出来事ではなく、先へ先へと目を向けて行動しがちだけれど、目前の物事に集中してみることもあっていい、と。ちょっとしたことでも、マインドフルにやってみると意外に大切な発見があったりしておもしろい、と。
Uちゃんのブログ「REAL」はこちらです→http://uxxxuxxxu69.blog46.fc2.com/
ここで例として出ている干しぶどうを「食べる」ということ。これはひとつの例にすぎなくて、「マインドフル」というのは日常のあらゆることに応用できると思うのだけれど、特に”食べること”とどう付き合っていいのか悩んでいる私には、ドンピシャな例のように感じたので、少し書いてみたい。
私は「食べる」ということにこれほど真剣に向き合って食べているだろうか?応えは否,いつも適当にそのへんにあるものを…【それ自体は別に構わないのかもしれないが】…適当に…お行儀が悪いがパソコンをしながら、テレビを見ながら、ダラダラ、「ながら食い」をしている。目の前の食べ物をしっかりと見て、それに集中し、その匂いから味を想像して、色や形を楽しみながら味わって食べるということは、レストランならいざ知らず、日常生活ではついぞしたことがない。
単に食事のマナーが守れていれば食べることへの礼儀が果たされるわけではない。それだけでは形式であって、一部分であって、肝心の中身が欠けている…。中身を大事にするための、形式であってマナーなのに、これでは本末転倒状態。「いのちを食べる」という観点からすれば、私の食べ方はずいぶん食べることへの礼儀を欠く行為なんじゃないか、と今さらながら思えてきた。
「マインドフルに食べる」ということについて、「おおきく振りかぶって」という野球漫画で、「食べる」ということについて印象的なシーンがあり、それを思い出した。
手元にコミックスがないのでうろ覚えだけれど…合宿で、いちにち練習に疲れた子供達がいよいよ楽しみにしていた晩御飯にありつこうというとき、監督は子供達につまみ食いや、「なんとなく食事をする」という行為に移ることを禁じる。食べる前の手順として…まず、いっぱいにご飯の匂いをすいこんで、「おいしそ〜・・・!」と味わってから、「いただきます!!」と手を合わせるという”儀式”を経て、ようやく待望の食事タイムとあいなるのだった。
そうやっておあずけをくらって、目の前の食べ物に期待と想像力をふくらませ食べ始めた子供達は、目の前の食事にガッと「集中する」。集中して「食べていた」子供達は、本当に”おいしそうに”食べていたし、その味は、ダラダラ、「ながら食い」をするものとはまったく違っていたことだろう。監督は、「マインドフルに食べる」ということを、それと言ったわけではないが、子供達に教えていたのかなと思う。
「おいしそうにご飯を食べる人は気持ちがいい」というが、それは食べ物に対してマインドフルに向き合っている、礼儀を尽くしているからなのかもしれない。
先日観た、「ジョゼと魚と虎たち」という映画でも、妻夫木聡演じる恒夫は、ジョゼの作ったご飯をほんとうにおいしそうに、ホクホクと食べていたのだけれど…あのシーンはとても印象に残っているし…。「かもめ食堂」という映画でも、【あれは「食べることと生きること」ということを描いた映画なのかな】きちんと作り手が心をこめて調理された食事を、食べる人は味わって食べているということがとても心に残った。
ときに食べても食べても満足感を得られないということに私は苦しんでいるが、たんに”胃を食べ物で満たす”というやりかたでお腹をいっぱいにするには、たくさんの量を必要とするのかもしれない。そうではなくて、「心が満たされること」…【心の空虚さを満たすために私はおそらく食べているのだが】、こちらに心を砕いてみると、もしかしたらずっと少量のご飯でも満足できたりするのかもしれない。
まあ、それでもお腹は空くので最近はもう、体重も気にせず食べたいときに、好きなように食べているのだけれど。せめてきちんと調理し、目の前のご飯に集中して、心をこめて食べる。「マインドフルに食べる」こと。このことを心がけていきたいと思う。
摂食障害スレスレ!?心と体と「食べること」 | trackback(0) | comment(2) |
昨日は、カウンセラーとは色々話したんだけれど…
カウンセラーに「ブログをやってること」を話した(!)のが自分でも衝撃だったかな。
「先生に見てもらってもかまわないけれど…
【リアルの友達にもブログを教えたことだし、もう私はネットと現実の自分にそこまでの乖離があるとは思わなくなってきている】治療の邪魔になるようだったら見てもらわなくてもいいですし」というと、カウンセラーは迷っていた様子。
でも「自分(カウンセラー)が見ることで書き方が変わってしまうといけないから」と言っていたのだったが。見てほしいような、見られたら恥ずかしいような。ガッカリされそう。カウンセラーにはよく思われたくて、カウンセリングじゃー肩に力入れて頑張ってるから。よく空回りしてるけど。【カウンセラーには、初期のあなたはハムスターのようにカラカラと回し車の中で一生懸命走ってたようだったと言われた・笑】
「書き方が変わる」か。確かになぁ。ラブコールしてしまいそうだ。
カウンセラーの大きな目で見つめられて、ドキドキしたとか。※カウンセラーは女性ですがかわいいです
××先生、見てますかぁ〜。とかね。
アホな…
ブログをどうしてやっているか…ということについても話した。ブログをはじめたとき、私にとってブログは本当にチラシの裏で…。
私は「自分を醜い」だとか「最悪の人間」だと思っていた【いる?】わけですが、どこがどう「醜く」て「最悪」なのか、カウンセラーに聞かれると、具体的には答えられなかったのでした。
そこで、自分の”最悪な本音”を文章にして見える形にし、それを不特定多数に内面を晒してみることで、”意外とたいしたことのなかった自分の醜さ”という効果を得られるんじゃないかという期待を持っていたのでした。そして恥さらしな自分を公開し続けているという状態に慣れる、自己嫌悪に耐える修行としても役に立つかもしれない、と。すると、これも認知療法のひとつなのかもしれませんね。効果は、まあ、そこそこあるのかしら。
今でも一瞬にしてブログを消去してしまいたい衝動にはよく襲われますが、積み上げてきたログと、頂いた、ありがたいコメントの数々がそれを防いでくれています。
初期は、ほんとうに、いつ消えてもおかしくない危険性をはらんでいたけれど。
メンタルブログってたいていそうかな。
私の大好きな、リセットして一からやり直す思考。
簡単にリセットできるのがインターネットですが、それだけはすまいと思っています。
現実はリセットできないしね。
今はだいぶ安定感も出てきたかな。ちょっとやそっとじゃ、消えません。
色々書いてきて、気もすんだ部分も大分あって。怒りを放出しきった分野もあると思います。
家族のこととか。それから初期はだいぶ大学中退に苦しんでたけど、今はコンプレックスのひとつとして残っている、くらいになったし。
書くことで色々と救われたところもありました。
だけど、色々書いても結局これは個人的な体験だし、同じような思いをした人も、同じようなこと考えている人も、世の中にはいっぱいいるしね。
そのなかで特に目を止めてもらうべきようなことが書けるわけでもないし、誰かのためになるような一般的なレベルに昇華できてるわけでもないし…。
が、まあ。
結局たいていのことは、個人的な体験なんだからいいかな、と思い、続けています。
自分でもそんな他人の書いた文章や私小説も、読むのが好きでしたし。
逆に、テキストに載ってるような、書き手の意志や思いが排除されたような文章、一方的に「〜しましょう、すると楽になれます」というような文章には興味がわきません。「アイ・メッセージ」がないと、魅力を感じない。
また、そのころ19さんに影響されて手をだした大江健三郎の小説に、まさに「個人的な体験」のがあったんですが…。
その小説も後押ししてくれました。大江先生もそう言ってるし、まあいいじゃないか、と。
それに、作家でも著名人でもなんでもない、他人の書いた、ごく普通の人々の綴る文章って、読む機会がなかなかないけれど、とてもおもしろい。
大学のとき入っていた部活で、文集を何年かに一度、出していたんですが。
普段見られないその人の内面が垣間見れて、それも凄く印象深かった覚えがあります。
知り合いの文章だと、なおさら面白さ倍増なんですね。
そんなわけで、ブログを日記として使うな、という意見の人もいるみたいですが、
誰にでも気軽に文章を発表できる場があるというのは、すごくありがたい時代だなと私は思います。
しかし読んでくださっている人には、ほんとうに自己満足な内容で申し訳ないです。
それでも読んでくださっているのが、ありがたいです。
いつも、ありがとうございます。
誰も見てないようなチラシの裏から、色々な方のおかげで、だんだん書き方も、ブログに対する思いも変わってきているような気がします。
前のブログで書いたことがあるかもしれないんですが…いつの日か、自分の子孫が自分の書いたブログをネットの海に発見して…とか、なんだか手紙を入れて海に流したビンがどこかにたどり着いて読まれる、的なことがネットで起こるのを想像して、そんなことがあったらロマンティックだな〜…と考えます。SF的?夢見がちですね。
ブログで認知療法 | trackback(0) | comment(15) |
じゃーん…
土鍋ごはんさんから…
手作りのポプリ袋をいただきました〜!!
☆☆☆☆☆

見て見て!
これが手作り なんて…!

すっすごい…
土鍋ごはんさん、天才的っ…
並べてみると、こんな感じ!

内側も水玉♪かわいい!口のところに金属?が入っていて、しっかりしまるようになっています♪
明日、病院の帰りにこのポプリ袋にふさわしいポプリを買ってこようっと。

先日、土鍋ごはんさんのブログ「まいにち まなぶ」で
「小学校のころ、手芸が得意なお母さんが作った
手作りのバッグを持っていた同級生がうらやましかったな〜」と
うらみがましく(?)コメントしたところ、かわいそうに思った(?)
土鍋ごはんさんから「なにか作りましょうか?」とのお言葉を頂き
ずうずうしいとは思いつつも・・・お言葉に甘えて作って頂いちゃいました〜!!
「縫い物でも編み物でもどちらでも」とのことでしたので
よく眠れるよう 枕元に吊り下げられるような「ポプリ袋」を
リクエストしました!
好きな色は、赤と黄色などの暖色系、水玉模様が好き…とお伝えしたのですが、
こんなにかわいく、センスいいポプリ袋が出来上がるなんて!!
脱帽です。
しかも ふたぁ〜つ(笑)
やったね.
赤い袋の真ん中の黄色い花、これ、毛糸なんですよね!
どこでどうつながってるんだ〜スゴス
私のハンドルネームのhimaは、
「ひまわり」のシャイ系(はずかしくて中途半端に変形したもの)なので
なんだかイメージっぽくて(自分で 言うな?
こうありたいなというイメージです・笑)
元気が出る感じで とても嬉しいです!
葉っぱの模様もよくできてるんですよねぇ〜コレ
グリーンの袋のほうは 白とピンクとグリーン 配色がとても優しく、癒される感じで
これまたかわいいレースがついていて…ステキ
何か気持ちだけでもお礼を、という私に、
土鍋ごはんさんは、
『お礼の気持ちはありがたく。
ペイフォワードしたいから、
himaちゃんより若い人に何かあったとき、してあげてね。』
と仰ったのでした。
ペイ・フォワードの気持ち。
お友達の美鳥さんのブログで、教えてもらったすばらしい言葉です。
私も誰かに借りを返せるように、この言葉を心に刻みたいと思います。
土鍋ごはんさん、本当に、本当に、ありがとうございます!!
大切にいたします
ペイ・フォワードの気持ち | trackback(0) | comment(8) |
兄が今日も夢に出てきました。どんな夢か詳細は忘れましたが、たいていは兄に取り残されるか置いてけぼりくらうか、バカにされる展開が多いです。夢の内容も不快だし、そんな夢を見る自分の深層心理も不快です。
が、いつも意識しているから、無理もありません。わたしはブラザー・コンプレックスなわけです。小さい頃からなにをするにもお兄ちゃんが手本でライバルでした。兄にライバル心を抱くって、弟ならわかる気がするけれど、妹でも一般的なんでしょうか?
でも、兄はわたしの持ってないものを全部持ってるように見えるのですね。
まず、性別が男。
そこからして違う。そこからして追いつけない。そもそも追いつこうと考えるところじゃない。
しかし「女はバカである、男のようにあれ、男に負けないようにあれ」と育てられた私は、女性である自分に対してつねに「これでいいのか」という割り切れぬ思いがあります。
言われたとおりなるべくバカな女であるまいと頑張ったが…。しかし生まれ持った性別は女なのであり、自分の性別を肯定していいのか否定しなきゃいけないのかいまだによくわかりません。「女性としての幸せ」というのをむずがゆい感じに思うのはそのせいかもしれません。もう最近は「バカな女」でいい…と思っているのですが…ときどきやはり抵抗が起こります。
家事をやらなきゃ「メシもたけないような情けない女になりやがって」と怒鳴られ、泣き喚けば女のように感情でモノを言うなと叱られ。両親のこの矛盾を今後はキビシク突いてやろうと思っていますが…、
まあ、とにかく強い人間の手本。
私の理想の姿は、兄なのですね。
カウンセラーにも呆れられている。
「つまり…お兄さんのような人間ってことね」私がこれこれこういう自分はだめだ、こういう自分でなければならないと話す大部分は兄の姿を語っているのだそうです。
疲れたとき、勉強にやる気が出ないときに兄のブログをのぞくと、刺激になります。TOEIC260点からのアメリカ留学。英語もヘタなのに、アメリカ人のクラスメート相手に40対1で日本人とアメリカ人、どっちが野球強いか言い争いしたそうです。なかなかできることじゃないよな。感心します。お兄ちゃんはやっぱりかっこいいよねー。
ちなみに兄はわたしがブログを読んでいるとは夢にも思っていないと思います。偉そうなのにうかつなんですね。
しかし私は自分の性別に対する割り切れぬ思いを、兄との接し方にそのまま反映させてしまっているため、残念ながら兄妹仲はあまりよろしくありません。
兄は私をオタクでコミュニケーション下手のダメ人間だと思っているのだと思います。そのような視線をビシビシ感じていました。まあ、実際兄が目の当たりにしてた私は大学をサボりまくるダメ人間だったんですけどね。「お前は反省なんかしてないだろ」と唯一ズバリ言い当てたのは兄でした。
こういうと負け犬の遠吠えっぽいですが、兄はひたすら強いので、弱い人間のことはあまり理解できないのです。その兄の傲慢さをわたしはバーカと思っていますが、その意見に賛同してくれたのは今までにカウンセラーしかいません。みんな兄が大好きです。みんなバッカだな。でもいいんです、カウンセラーは私の味方ですから…基本的にカウンセラーってわたしの言うこと否定することってないんですけどね。
兄について語るとなんだか卑屈になってしまう自分がいます。コンプレックスとはそういうものなのでしょうか…、
まあ、それを割り引いても、小さい頃は仲良く一緒に遊んだ兄妹ですし、根は悪い人じゃないですし、わたしも兄のことはなんだかんだ好きです。ただわたしのルサンチマンはどこへ向かえばいいのかと思うだけです。
兄が五月に一時帰国して、今住んでるこの家には部屋が足りなくて、母と同じ部屋で寝起きすることになるかもしれないとのこと。
パーソナルスペースがなくなったら、頭がおかしくなるかもしれません。
ゾッ。考えただけでおかしくなりそうなので、今は考えないことにします。
家族の話 | trackback(0) | comment(20) |
案の定の風邪ぎみでグッタリ。自分のアホさに泣けてくるけど仕方ない。
明日は土曜日だし、がんばろう。
昨日行ったのは新江ノ島水族館で、イルカのいる水族館は二回目だった。
一回目は、去年行った伊豆水中水族館で、そこで初めてイルカショーを見た。
初めてというのはやっぱり衝撃が大きいからか、あの水族館はかなり印象に残っている。
そこは海とつながっている水族館ということで、イルカたちが多少なりとものびのびしてるように見えたのも良かったかな。芸がそろってなくて、いちおう号令に合わせて飛ぶけれど、各自わりと自由にジャンプしてるって感じで、おもしろかった。
エリーというアシカのメスと、インストラクターのお兄さん(イケメン)が深く愛し合っていて、ふたり(?)はまったくエサなしにすべての芸をやり遂げるという偉業をなしとげたのだった。いたく感動した。
昨日は改めてイルカショーを見たんだけれど、イルカショーってやっぱりイルカがかわいそうに思えてしまって、素直に楽しめないところがあった。
たしかにイルカは遊ぶのは好きだろうけど、毎日毎日、決まった時間に決まった回数芸をさせられるのは望んじゃいないんじゃないか?
楽しいのかな?
どうなんだろう、イルカの気持ちは。
それにしても晴れた江ノ島というのに行ったことがない。[江ノ島に拒まれてるんだろうか?]
一度目はまだ大学生だった頃だからもう3年前くらいで…同じ友達と行ったのだったが、雨で、なぜかその日は平日だけど定休日の店ばかりで、もう散々だった気がする。地元のおじさんに「何か食べられる店はないですか」と聞いたら、「島の外に行ったら外食産業があるけど…」なんて言われたりして。
二度目はサーフィンスクールに参加したときで、そのときも雨でつらかった(どうせ濡れるのでかまわず決行だった)。
三度目の正直、いやまあ、昨日は雨降るのわかってたからね。
つぎ、江ノ島に行くのはまた数年後だろうな。
そのときは今度こそ晴れの日に行こう。
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本日は、祝日、春分の日。
春の嵐、暴風雨?
こんな日に出かけるなんて頭おかしいよね。
というわけで江ノ島にやってきたよ!暴風雨だがそんなのかんけいねー!
雨ニモマケズ風ニモマケズ
ほらサーファーたちも波と戦っているではないか
ん、しかし風が強いな今日は…
アシカショーなんて見てる場合じゃないよ
ペンギンは室内だからいいよね
作品名【サメとコバンザメが速くて追いきれなかった様子をぼやけた写真で表現してみた】
くらげの動きに癒される
天皇陛下はハゼを研究しておられるそうです
ニモを撮りたかったけど速くて追いきれなかった様子を(ry
大水槽ではやっぱりエイがいいよね
きれいな魚
なんか禍々しい江ノ島
祝日だというのにこの人気のなさ
生シラスを食べようと計画してたんですが体の熱を奪われそうだったのでやめました
生きて帰れてよかった
写真はすべて写メールなので・・撮影者がヘタなので・・低クオリティでお送りしております
そもそもは、スパ【江ノ島アイランドスパ】につられて行ったんです、
わたし風呂はキライだけど温泉は好きで…特にスパが好きで…。
別にスパは江ノ島にしかないわけじゃなかったんですけども
江ノ島アイランドスパの見所は、暴風雨の中の温水露天プールですね
矛盾した環境下に置かれて自分がいったいなにをしたいのかさっぱりわからなくなってくるところが魅力です
【結論】しかしやはりスパではラクーアがあらゆるクオリティが最高レベルだと思います
スパ界のディズニーランドはラクーア
家に帰ってきたら、家を出たのが2日前くらいだったんじゃないかと思うほど密度の濃い一日だった。
楽しかったとひとことでくくるには、あまりにいろいろな要素がつまりすぎていたが…いい思い出になりました!
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夕方から雨が降ってきたので予備校には傘を持っていった。
傘を持って電車に乗るのは疲れるなぁ。
晴れたかと思うと曇りのち雨。春は天気が不安定で困る。
メンタル的にはどういう影響があるんだろ?
よろしくないか。もうすぐ五月病の季節ですしね。
予備校は夜からで、だましだまし行けている。
カリスマ先生は熱意があっていい先生。
朝からのほうがいいのにと思っていたが、夜からでよかった。
さぼりたいというふらちな考えを追い払う暇がある。
精神安定のためミンティアというミントのお菓子?を
がりがり噛みながら授業を受けている。
3時間で約20粒、食べすぎか?
今日もお風呂に入って、っと。
一人暮らしのときはお風呂に入ってダラダラネットしてるときが一番幸せだったな。
その当時は辛いと思ってたのに、不思議だ。
ささいなことにいちち無意味に苦しんでいて、これからもそうやって無意味に苦しみながら生きていかなければならないんだろうなと思っていた。
今はそういうふうには思わないけれど。
あの部屋に戻ればまた同じ気持ちになるんだろうか。
なるかもしれない。
私弱いしね。
だけど、あの部屋がなつかしい。
もう誰かが住んでいるだろうか。
明日は祝日だが雨、もうすぐ四月。夜は不安な気持ちにもなるが、友達がいてくれて、好きなマンガがあって私は幸せだ。
前の部屋の写真、もっと撮っておけばよかった
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重くなってしまうかもしれませんが、せっかく行ってきたので、他の動物たちの写真も載せてしまいます!
まずはやっぱり、上野動物園の定番、パンダで〜す。おっさんくさい。のそ・・のそ・・動きますね。
パンダがなぜ白黒なのか?という話を19さんから聞きました。木に抱きついて熊に擬態し、敵を威嚇するためとのことです。へえぇ〜。でも、熊に見せかけたいならもともと真っ黒でもいいと思うんだけど、なにか、白を入れないといけない理由があるのだろうか?
デザインど by 大自然 は不思議なことばかりなり。
こちらも動物園の花形、虎です。ライオンはアフリカ、虎は中国な感じ。模様なんかが、オリエンタルですね。「ジョゼ虎」で、虎を見て怖がるジョゼがかわいかったね〜って話をしました。骨付き肉は、マンガの肉みたいです。
仲良しかわうそ兄弟?くるくる走り、泳ぎ回っていました。 カワウソって怖いんだよ〜ノロイっていう名前のカワウソがね、以下略(19さん談)
昨日はゴリラも暑かったようです。「あちぃー、あ〜やってらんね」
北極熊もやはり扱ったようです。「あちぃー、あ〜やって(ry」
リアルくまこ。
スリーピング 獏。口開いちゃってます。眠る獏って物語的で良いですね。
気持ちよさそうに寝てます。いい夢、見てるかな?
これまたスリーピング カバ。 ぐ〜。
スリーピング第三弾。 コビトカバ。お尻、向けちゃっています。
グロさNO.1、注目度NO.1のアリクイ。気持ち悪いんだよね、、長い鼻が、、、舌も長いらしいですが…。
グロさNO.2 は羊!羊こえ〜。モコ・・モコ・・してたけど、写真のように、かなり汚れていらっしゃったので、触れ合わなかった(笑)
可憐さNO.1キリン。キリンは顔がかわいいんですよね。首も細くて優美です。あの柄、やはりすごい。な。自然ってスゴー。
鼻を巻き上げるゾウの巻。 「そして、トンキーは死んだ」は上野動物園が舞台でした。ゾウはやはり、上野動物園では特別な動物のような気がします。こんな動物が普通にいるアフリカ、スゴー。東京なんて、ほとんど人間しかいないよね。
と、いうことで以上、上野動物園レポでした。彫像のように直立不動して【モデル立ち?】じっと一点を見つめているスタイルの動物が多数見受けられて、あれは何、考えてるんだろうな〜とおもしろく感じました。
爬虫類館とかも行ったんですが、擬態がすごすぎて、結局見つけられずに終わるパターン多々。隠れるのうますぎですネ。騙し絵みたいです。あっぱれ!
マイペースな動物たちに癒されつつ、地球って人間しかいないわけじゃないんだよなということを当たり前ですが実感しました。人間の祖先はサル!もっと自由に生きようぜってことですね。
ところでこんなに歩いたのは久しぶりで…19さんにカイジを貸そうと、、持っていったので、いや、愛情の重さだから全然平気だったんですが、肩や足が筋肉痛?でございます。
おかげでその後行ったお笑いライブは、疲れきってしまってたせいか、ネタがつまんなかったせいか、ぼーっとしてしまったとこも。最後、盛り返したんですけどネ。お笑いライブ部の活動はつづくぅ〜
泥のように眠れて、今日も早起きでき、生活リズムはバッチグーな感じです!
よし、明日からまた、頑張るぞ〜。
カピバラと動物園 | trackback(0) | comment(14) |
!?
いったい…これは…?
どこかで見たことのあるようなグロい足…
まっまさか…
ざわ…
ざわ・・・
生カピバラ キター
【〜あらすじ〜】
カピバラのもつ不可思議なパワーに感激したH.
「みんな癒されるなんてカピバラすごいね
みんなのために生レポしよう!デジカメ持っていくでい
」とのお友達・19氏の心強く,慈愛溢れるお言葉に奮い立ち、
去る 3月15日(きのう)、上野動物園に行ってまいりました〜!
都内でカピバラ見られたのです!大・発・見
しかぁ〜し
肝心のカピバラ氏、すみっこのほうで、ちんまり、
「昼寝してやがるっ・・・・・・・。
微動だに、しねえ・・・・
観客なぞに、目も・・・ くれず・・・!」
↑カイジ調 (の つもり)
すぴ〜
※冒頭の写真は 昼寝中のカピバラ氏の鼻の穴の状態になります
※※※おまけ※※※
カピバラの赤ちゃん。
両親とは離れ、バードハウスにひっそりと入れられておりました。
こちらも親とおなじく、昼寝中〜。
ときどき耳を、パタパタ動かします。
親子ともども、穏やかすぎますがな。
じゅうきゅ〜さんのセンス溢れる写真の数々を神速でいただきましたおかげで、記事を完成できました。感謝感激雨あられです。
ざわざわありがとうございます発言といい、19さんはほんとう、天才です!
Thank you so much
今日のところは、眠気が限界に来たので、
別の動物たちや、もろもろにはついては、また。
カピバラと動物園 | trackback(0) | comment(16) |
予備校のとなりのコンビニで、コンビ二版カイジほそぼそと買い続けてたら、
福本作品は売れる!とコンビニが判断してくれたのか
昨日はちゃんと、発売日に「無頼伝 涯(下)」も置いてあった!
ホクホク。
「涯」は(上)を探すのにそりゃもう苦労して…
コンビニ10件くらい回って、最後のセブンイレブンでやっとこさ見つけたから
昨日は「こんなにスッと買えていいの?!」って思ってしまった。
ビデオに撮ってたアニメカイジを見ると、
カイジがいつになくテキパキと周囲の人間に指示してて生意気に感じた新鮮だった。
一緒に聴衆と化しちゃったよ!
追い詰められると堂々とコミュニケーションできてるのになぁ。
でも「それってイカサマですよね?」って指摘されたら
「イカサマのどこが悪ぃーーんだっ・・・!」と号泣しながら逆ギレしてて、
そのあまりの激しさにびびり、カイジってやっぱりふつうの世界じゃ生きていけないのかな…と思った。
まあ、結論として、ハギーボイスはほんといいよね!
「えぇ?」に萌へました。
気になること。
アニメの最後の告知、「ざわ・・・ざわ・・・」着メロ(声?)配信から
人間競馬ゲームの配信に変わっていて。
「ざわざわ着メロ」はもう入手できないんだろうか。
くっ…機種変、したい・・・!!
私の機種は対応してないのです。
あのときはほんと絶望したなぁ、、、、
I love Manga! | trackback(0) | comment(4) |
梨木香歩のエッセイ「水辺にて」が図書館にあったので借りてきた。この人の本はだいたい読んでいる。彼女のファンは、彼女に心酔している人が多いように感じるのだけれど、私もそのひとり、しっかり梨木香歩の心酔者だ。苦しいとき私の人生に希望を与えてくれた人なのだからしょうがない。
以前、抑うつがヒドイ時期、無関心と無感動に苦しんでいたことがあった。毎朝起きるたびずしっと心に漬物石を載せられているような気分。なにをしても喜びを感じられず、なにに対しても意欲もなく、楽しみに思うこともなかった。砂を噛むような毎日、「なにかやりたいことないの?」「生きてるといいこともあるよ。」そんな言葉がまったく自分とかかわりのないもののように思えた。このままなんの喜びも感じることもないまま、終わることのないかに思える日常を苦痛に思いながら生きていくのか、と思うと…これ以上つらいこともないな、いっそ死んだほうが楽だなんて思っていたりした。
そんなとき、梨木香歩のエッセイを読んで…からからに乾いていた心の奥に澄んだ水が流れてきて、じわっと染みとおってくるような感じに、単純に驚いた。小説を読んだときはそれほど感じなかったのだけれど、物語の登場人物ではなく、同じく生きている作家本人が出会った風景だったというのが違ったのかもしれない。彼女に見えている世界と、そのときの私の見ていた世界は同じものであるはずなのに、まったく違ったものように感じられた。彼女は日常に深く息づき、物語の予感を秘めながらひっそりと佇む世界を自由に、心のおもむくままに歩きまわっていて…。
”この人にはこの世界がなんて美しく見えているのだろう。願わくは、この人の見ているものと同じものを見てみたい。そして同じように感じてみたい。そうしたら、この世界に生きていることがきっと素晴らしく感じられるんじゃないか。・・”そして、「こんなふうになりたい」とまだ思える情熱が自分に残っていたのだ、と感じられたことが私の希望になって、あのとき私は少しだけ生きる意欲というものを自分のなかに確かめられたのかもしれない。
「水辺にて」。決してぶ厚くはない本で、難解な言葉はなにも使われていないのに、理解するのに、体になじませるのにやたらと骨が折れる。この人のほかのエッセイもそうなのだが…。【文章はすごく好きなんだけれど。言葉の選び方とか。透徹しているというのか、平易な言葉だけど過不足なく。そっけないというわけじゃないんだけれど、よけいなものが限界まで削ぎ落とされた、磨きぬかれた文という感じがする。彼女は日本語をすごく愛しているというけれど、その気持ちが伝わってくる。】
思索集という色合いのほうが強くなっているが、いちおうこの本は紀行文なので、やはり文中でなじみのない外国の地名なんかがけっこう出てくる。地図を見くらべながらこんなふうかな?とイメージしてみるが、お粗末なものしか浮かんでこず、自分の想像力の貧しさが悔しくなってくる。まあ、そういう実際的なこともあるけれど、なにより自然に対する関心の強さや、感受性の幅・深さが人並みはずれているというんだろうか?どういう環境で育ったら、こんなふうになるんだろう。[作家ってみんなこうなのかな?この人は作家になるしかない人というような気がするが。]
だから、こちらは彼女と同じものを見る−「感受性を共有して追体験する」どころか、自在にあちこち飛び、潜る彼女の思索のゆくえを目で追うのがやっとという有様。着地したころには、すっかりへとへとに消耗してしまっている。
彼女の小説には、『ふらっと境界の向こう側から現れ、主人公たちと触れあっていくヒトたち』が多く登場する。また、主人公が境界の向こうそのものへ飛び込んでいったり、あるいは「こちら側とあちら側の境」に足を踏み入れ、向こう側へと引きずられそうになるような場面も見受けられる。この「水辺にて」では、著者自身が向こう側へ「もっていかれ」そうになった経験を書いていて(異国の暗い森でひとり遭難しかけるのだ)、読んでいるこちらが肝を冷やしてしまった。まだそっちに行かないで!とものすごくあせった。当の梨木さん自身は落ち着いているというか、そんな状況すら受け入れてしまいそうな感じなのだけれど…。
「… 大体、そこがどういうところかも知らず、夕闇の迫る中を出て行くなんて、何と言って謗(そし)られても仕方がない。けれどそれに値するだけの宝石を私は得たのだから、悔いもない。
そうなのだ。私にはいつも、これほどの歓びを得たのだから、これほどの美しいものを見たのだから、いつかそのつけが回ってきても仕方がない、という、諦めのようなものがあった。だから、悔いもしない。同じシチュエーションに出くわしたら性懲りもなくやはり同じことをするだろう(が、次回は懐中電灯だけは持って出よう)。」
このエッセイでは、しきりに彼女は「境界」ということについて考えていて、このエッセイや、同じく「ぐるりのこと」なんかが基になって、「沼地のある森を抜けて」が書かれたんかな?と思った。この小説はこれまた読んだとき特別になにか感じることがあったのだけれど、じっくり読むと激しく消耗するので、まだ再読できていない。梨木さんに珍しく「性と愛」についてもちょっと触れられていたような気がして、もう一度読みたいと思うのだけれど。
「日常を深く生きる」ことは彼女の思索の根幹になっている部分なのだろうが、普段たんたんと流している日常に、彼女のような深度と密度で接するということは、私のような平凡な人間にはときにつらく感じるのかもしれない。
「……さて、その話というのは、川がずっと山の奥から持ってきて、これから、あの飽きることを知らない海にきかせようという、世界一おもしろいお話なのです。……」-たのしい川べ
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インナーチャイルドの冒険ということで、AC的には再読したいのだけれど、これまた消耗するため、できずにいる
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AC的鑑賞メモ | trackback(0) | comment(0) |
朝いちで税務署に行こうと思っていたのに、結局出かけたのは1時過ぎ。久々に自転車をひっぱりだしてきて税務署に。あったかくていい天気!これはちょっと遠いけれど、散歩がてら歩きで行ってもよかったかな〜と、遊歩道にさしかかったとき…
おっ。梅の花が咲いている。いいにおいもします。春ですな〜。チュン太郎さんのブログにお邪魔するようになってから、私にも植物にまつわる季節感というものが少し芽生えてきたのです。ふっふっふ。
遠目に見えるあの白い花は・・・ 梅の花?いや桜に見えるのは気のせいか。でも、まだ開花予定日からはほど遠いはず。私はやっぱり梅と桜の区別もつかないような人間だったのか?・・・と少し情けない気持ちになりながらも、まずは税務署にいかなければ、とその場は素通り。帰り道に見てみよう。
税務署は入るなり入り口まで長蛇の列で、これは何時間かかるかなと思いきや、今はe-taxな時代なんですね、パソコン操作を職員の人が手とり足とり教えてくださって、ものの三十分ですんでしまった。12,306円が返還されるそうです。やったね。
帰り道、これは梅、あれも梅、と自転車を止めてたしかめながら帰っていたら、どう見ても桜にしか見えないような木を発見した。やっぱり!私の目に狂いはなかったぞ〜。梅と桜の区別がついてよかった、とちょっとホッとした…。けど、いちおう、写真をとっておいてあとで見比べてみよう。
↓どう見ても桜
うろうろ…。
ベストショットを探して木の下をうろうろしていたら、通りすがりのおじさんが「これって桜だよねえ」と話しかけてきた。桜である可能性がいっそう深まった!…けれど、やっぱり2枚目の白い花は、梅なのか桜なのかわかんなかった…。私の写真がマズイのもあるけど、どっちでしょ、これ?
フライング咲きな桜も見られ、ラッキー。春の訪れを感じられた一日でした。
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今日は、心の負債になってた手続きをいくつか済ませることができた。
・ノートパソコンを修理に出す /なんだかんだ、もう6年目。今回はいったいなんで壊れたんだろう。
・国民健康保険の支払い /納付額の内訳をやっと理解できた。住民税が基になってるなんて知らなかった。
・確定申告の準備 /去年は通院いっぱいしたし、医療費控除受けられるかな思ったら、10万円には全然届いていなかったよ。プリンタが壊れてて書類作成できないから、明日税務署に行って聞きながら書こう・・・できるかな〜混んでるだろーな〜。
・共済・クレジットカード・携帯会社への住所変更届け /引っ越してからはや5ヶ月。すっきり!
国民年金、月1万4千円はちょっとムリだなぁ〜 とてもじゃないけど支払い能力がない。・・・ので、潔く諦めた。
国民健康保険は・・・通院してるし、これは必須。払わなきゃ仕方ない。父親の社会保険の扶養に入れてもらえないか?!と思って調べたけれど、去年の所得が103万以上なので、無理。月2万円か、はァ〜。
さらに住民税ももうすぐ容赦なく納付通知が来ることであろう…。
生きてるだけで、もろもろお金は要るのだな。
貯金残高がどんどん減ってゆく…。
失業保険よ、はやく下りてくれ。(これも手続きをだいぶ怠っていたために、給付が1ヶ月半遅れている。まさに自業・自得。)
親が哀れに思ったのか、おこづかいをちょっとくれた。
24歳になっておこづかい…。
うれしいっ…!が、情けない。
明日は国民健康保険、1月〜3月分、計6万円を払ってから(ずーん・・・重いな〜)、税務署に行ってがんばります。
未分類 | trackback(0) | comment(8) |
恋愛マンガといえば、「月光の囁き」に思い入れがある。主人公のたくやはさつきを愛するが、その愛し方は普通ではなく、フェティッシュ的な異常な愛し方。一度はたくやに惹かれるものの、彼の隠された異常性に気づいたさつきは、彼のもとを離れるが…。というようなストーリーです。
![]() | 月光の囁き (1) (小学館文庫) (1999/04) 喜国 雅彦 商品詳細を見る |
amazonのこのレビューがすばらしくて、ほかに付け加えることはなにもございませんという感じです。
この漫画でやはり重要なのは唯一性ということ。たくやは一般的に言って変態的な要素を持つ。しかし、世の変態と違い、彼にとってさつきが全てであり、他の女性には関心は全くないのだ。でも普通僕らにとって、相手の女性はたまたまこの人であり、いくらでも入れ替え可能であり、また相手にとってもそれは同じこと。「唯一この人」ということは、恋愛という場面においてすらなく、結局は他の誰でも(勿論ある限定はあったとしても)いい。「唯一この人」という感覚自体一種の異常性に近いものがあるのかもしれないが、(普通あり得ないけれど)せめて恋愛という場だけでも、入れ替え不可能な存在であれたら、と思いません?
恋愛に出会ったことのない私は、この漫画の「唯一この人」というテーマに激しく憧れたんだっけ。「あなたがいないと死んでしまう」そんな関係を十代の頃は本気で求めていたのですね。社会で働きはじめてからは、自分って(他人もだけど,)ほんといつでも「交換可能」であるよな、ということをひしひし感じて生きていて、ま、こんなもんだろうかと思っていたけれど…。そんな中、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」を読んで…やはり交換可能なパーツのひとつと見立てられることを「高度資本主義社会。」とときおり愚痴りながらも、たんたんと「文化的雪かき」をこなす主人公を、すてきだな…と思ったのだった。
だけど、家族だとか、同じ生きてきた時間を共有した友達は、もはや私にとって「交換不可能」だし、相手にとってもそうだろう(と願いたい)。たくやとさつきのような結びつきでなくても、長い時間をかけて相手にとっての「交換不可能」になれる、そんな新しい希望も感じていたりする。
#そういえば、映画も観た気がするが、あんまり覚えていない。けっこうおもしろかったような…簡単にまとめすぎだったような…。どうだったけ。
I love Manga! | trackback(0) | comment(12) |
こんなことを書くのも恥ずかしいが、昨日はカウンセリングと人生初のデートだった…。男性とどう接していいかわからないわたしは、当然男性と付き合ったこともなければデートしたこともなかったんです。午前中、カウンセリングの後に行ったので、カウンセリングのあいだは「気もそぞろ?」とカウンセラーに笑われるほどで、ふつーの恋の悩み相談みたいになってしまっていた。カウンセラーはすごく喜んでくれて…カウンセラーが「あなたにとって男性と話したりすることはとても大切だ」とつねづね言っていたので…(だから私も、少し色々がんばってみようと思ったのだったけれど)、「喜んでくれると思った」というと、やっぱり喜んでくれて、私もうれしかった。カウンセラーはほんと、かわいいなー!【転移している。】
前日から緊張と対人恐怖でガクガクだったけど、友達のメールを読んで心の支えにしながら電車に乗ってがんばった。【友達に感謝!】
肝心のデートですが…ま、ふつうに楽しかったけど相手がどう思ったかは…。ま、いっか。あっ,お店をわざわざ予約してくれてたのがうれしかったです。私のために?ちゃんと女の子扱いされてる!って思った。(感動している)。
合コンがきっかけで誘ってくれたのだけれど、合コンはだいたいみんなエッチな話をしていて、「セックスって大事だよね」って聞かれてもセックスしたことがないからわからないとは言えず、ほとんどだんまりだった。だからなんで誘ってくれたのかわからないとカウンセラーに言うと、「じゃあ聞いてみれば?」というから、聞いてみた。「なんで誘ってくれたの?」すると「なんでって、まあ、ご飯でもと思って」とはぐらかされ、そのあとちょっと気まずくなったから、やっぱり聞いてはいけなかったのかもしれない。…ということを、合コンに誘ってくれた人にメールすると、「そりゃ答えられないよ〜」といわれた。そうか〜。いい経験になりました。そして、、つかれた。。
珍しく、浮いた(?)記事でした。
恋愛・性 | trackback(0) | comment(12) |
1か月分くらいつかれた1日だったので、よく眠れるようぬいぐるみセラピーについて書きたいと思います。
私はキャラクターものには興味はないですが、ぬいぐるみはけっこう好きで持っています。好きというか…正確に言うと、ぬいぐるみを自分で積極的に買うほどの興味はないけれど、もらったぬいぐるみに情がわかないほど無関心でもないという感じです。
そんなわけで 今 うちにいるぬいぐるみを紹介します!!
↓ 画像がへぼいけれど…
左から
【うさぎ】 ミクちゃん(19歳) 指人形という高機能ぬいぐるみ 母親がくれました
【熊】 くまこ(15歳) 服は10年くらい同じの着てる、ちなみにわたし作 母親がくれました
【いのしし】 いのちゃん(1歳) 去年 年女だったから友達がくれました
【羊】 シーちゃん(0歳) シープだからシーちゃん 友達とおそろい 珍しく自分で買いました
といった感じです。ミクちゃんとくまこはかなり年季入ってます。
わたしは特に熊のくまこがお気に入りで、小さい頃は毎日一緒に寝てました。
っていうか、今も毎日一緒に寝てるんですけどね・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しーん。
ぬいぐるみは健気です。
気まぐれに抱き上げられ、捨て置かれ、部屋の片隅で持ち主の愛情がふたたび向くのを、ひたすらじっと待っているのです。
くまこは私のことどう思っているのか、よく考えます。
私はくまこに愛されているのか、恨まれているのか、憎まれているのか。
私のことを私以上に知っているかもしれないくまこに愛されているならば、私は大丈夫かもしれない・・・ なんて埒のないことを考えたりして。
まあ、なんとなく、くまこのほうも、私に情が移っている気がします。「こいつ、しょーがねーなぁ」という感じで。
ぬいぐるみは私の永遠の友達です。
以上、ぬいぐるみセラピーでした。
セラピー色々 | trackback(0) | comment(12) |
カピバラってどんなふうに鳴くんでしょ?という土鍋ごはんさんの疑問にお答えし、「・・んもふ・・・もふっ・・ん・・」(おそらく 低音?)って鳴くイメージという美鳥さんのカピバラオッサン幻想を打ち砕くべく、探してまいりました。私は満足です。
カピバラと動物園 | trackback(0) | comment(8) |

19さんにもらったカピバラ画像♪♪♪19さんありがとうございます!
のそーっとしたたたずまい…悟りを開いてるかのようなまなざしですね!
カピバラにふさわしいポエムでもつけようかと思いましたが思いつかないので、そのままUP。
[あれっ、でも、サイズが大きすぎますといわれたから縮小したら、普通のネズミのようにも見えなくもないか…?]
カピバラって小さい子供なら乗れるんじゃないだろうか。そしたらファンタジーの世界ですね。おおねずみと大冒険する物語です。
温泉に入るカピバラに会いたいっす。
カピバラと動物園 | trackback(0) | comment(10) |
中村うさぎのエッセイを読んでてショックを受けた。
女王が言ってることが一言一句もれなくわかったから。
昔は「この人頭おかしいんじゃないのか」としか思えなかったのに。
私に注目して、私を認めて!
そう心の中では叫んでいるくせに、
さも私はなにも欲望していませんが何か、と外面を繕い、
他人からの賞賛を待っている。
いくら隠そうと、いかんともしがたくにじみ出てしまう病んだ自意識だ。
そんな自意識のねじれを、私は醜いと思う。
醜いし、あさましい。
そしてこれは同族嫌悪で、
私は自分をこそそういう人間だと思うから、
そういうものに神経質になるし、
つねに周囲に病んだ自意識の腐臭をふりまいているのではないか、と恐怖もする。
だけど開きなおって、「私は自意識の病んだ女なのだ!」と
言い放つにしても黙っているにしても、
こうしてぐだぐだ書き連ねるにしても、
「私は病んだ自意識の持ち主である」と自覚してふるまうことは、
ある種の免罪府を得ようとする行為にもなっている。
つまり言い訳だ。「自分のイタさに気づいている自分はまだ痛くない」
と逃げを打つ心だ。
そうやって痛さから免除されようとする自分こそ、最大級にダメだ。
なにを言ってるか、わけがわからなくなってきたけど…
どうどうめぐりで、どう扱えばいいかわからないんだよ。
中村うさぎは病んだ自意識の自覚もちゃんとしてる。
自覚しつつ自虐してるけど突きぬけてるから言い訳がましくない。
無頼だね、現世の女無頼だ。
えらいよ。私はそこまでやれない。
でも、やっぱり痛々しいんだよ。
不健康すぎるんだよ。
どうにかならないのか。
女王様、あなたのことを頭がおかしいと思っていた小娘は、
成長してあなたの立派な民草になりました。
AC的鑑賞メモ | trackback(1) | comment(26) |
テレビで見たカピバラがかわいかったので、wikipediaで調べた。南米からわざわざやってきたんだね。「草原の主」っていう意味があるらしいです。響きがいい!「カピバラ」。あの温厚そうな顔、なんか、そのまんまぼのぼのに出れそう。ドラクエに出てきたお化けネズミみたいにも見える。
ネズミがあんなに大きいっていうのが不思議でしょうがなく、おもしろくて、カピバラが自分の部屋にいるとこを想像したらわくわくした。寒さに弱いから限られた動物園にしかいないらしいけれど、触れ合えるところもあるらしいです。でも、毛はイメージに反してタワシのように硬いらしい。意外なり。
カピバラさんっていうキャラクターもいるけど、こっちはなんかちょっと違うんだよなぁ。キャラクターグッズって、なんか「かわいさ」の演出があざといものが多い気がする。犬猫カレンダーとかで、ポーズとらされてる犬とかを見ても思うことだけど。自分のかわいらしさを知らない、そこがいいのに!狙われすぎちゃ、萌えられねえのよ。
おしゃれイズムに出てた松山ケンイチがおもしろかった。なんかおもしろいよね…この人…天然っていうか、変わってるっていうか、でも、天才のオーラがある気がする。人に好かれる天才。思ったことを率直に喋ってるんだろうけれど(ということがまず難しい、特にテレビでなんて)、嫌味がないんだよなあ…。ヒゲはやしてました。
この人のドラマでは、セクシーボイスアンドロボが心に残ってます。ニコ役の子が良かったな。NANAではじめて見たときには「どうみてもシン役じゃないだろ」と思いましたが、NANA2でキャストチェンジになったときはそれはそれで納得いかなかったり…。なんだか気になる俳優さんです。「人のセックスを笑うな」は…どうしよっかな。松ケン萌えって感じでもないからなぁ。行けたら行こ。
先週金曜深夜にやってた映画。ナタリー・ポートマン(十代の頃?)が出てておっと思って見始めたのだったけれど。そしたら、ソーラ・バーチ(これまた十代)もちょろっと出てて…ラッキー!ソーラ・バーチはアメリカン・ビューティーで娘役のジェーンを演じた女優さんです。あの顔、好きなんですよね。なにをやってもぶすっとして、不機嫌そうに見える。かわいい。「ステラ」みたいな母と娘の話だったんですが、おかーさんが私の母親にちょっと似てて…鬱憤をぶつけるかのようにモーレツな勢いで家中の掃除を始めるシーンなんかが…うむ。
篤姫をなにげなく毎週見ている。だんだんおもしろくなってまいりました!前回は於一(かつ)の父上にぐっときた。堺雅人のバカ殿っぷり…が良くて、篤姫が嫁いできたらいったいどうなるのか?ここまでは絶対おもしろいから見ようと思う。でも、大河って半年たつくらいには飽きてしまう…。
最近また朝青龍がワイドショーに出ていることが多い。こういう番組はほんと、毒電波だなーと思う。テレビが数年後にデジタル化して、私のテレビがうつらなくなったら、もうテレビとおさらばしてもいいや。なんらかの機会は逃すだろうけど。でもほんとは、ネットとおさらばしたほうが、たぶん人生は有意義になるのかな。
今日は図書館行きたいけど、行けるだろうか。
カピバラと動物園 | trackback(0) | comment(12) |
よく知らないどうしの対人関係の中に置かれると、わたしはひとりの人間としての自己が、うまくイメージできない。
相手に合わせた対応はするが、それだけ。
他人という鏡に写るさまざまな自己像に混乱し、鏡の枚数が増えるにつれそれはあちこち乱反射しはじめ、もはや明確な像を結ばなくなる。そもそも他人から受け取る自己像から自我をつくりあげようとする試みが間違っているのだが…
ゆるぎない自我というものが自分に感じられていないのだから、相手と対等な関係を結ぶべくもない。
だから、私はひとりでいるほうが安定する。自分を写す鏡が存在しない場所にいるときのほうが、まだ自分をたしかなものとして感じられる気がする。
ひとりでいる、寂しくなって他者を求める、混乱してひとりにもどる、寂しくなって他者を求める…
この繰り返しだ。
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