朝から雨だったが、昼から映画を観に新宿まで出てきた。季節はセール前。今年のセールは参加するべきか見送るべきかな。(ちなみにいつも見送るか存在じたいに気づいてない場合が多い。)
まだセールが本格的に始まってないせいか雨のせいか、新宿は珍しく空いてる感じ。QUEENS卑弥呼(大きいサイズの靴屋です)靴がセールやってて飛びつきたくなった!私の足のサイズは25cm弱。いつも24.5cmの履けそうな靴に手を出して、お金を払って靴擦れを買っている。ああ、足に合う靴が欲しい!切実な願いなのである。しかし今月は服飾費はできれば抑えたいので見るにとどめる。
友人とアルタ前で待ち合わせだったのでアルタの中を覗いてみた。アルタの中はギャル服ばかりで買うもはなにもないとろくに見もしていなかったが、ここ一年くらい私、好みが変わってきている。以前は紺とか銀とかの、よく言えばクール系、悪く言えば地味な格好が好きだったが、最近は赤や黄、銀より金のほうに強く惹かれるのである。カラーの持つパワーを詳しく知っているわけではないが、赤の持つ生命の燃えているような力強さが好きだし、以前は甘すぎると嫌いだったピンクも私のやや固めのキャラクターを和らげて女性らしさを出してくれるのかもしれないなんて思うようになってきたり。そして黄色。ラッキーな感じ、ライトで明るい感じ、お金がもうかりそうな感じが気に入っている…。
それで、改めて見たアルタの中にリズリサがあって、ほ〜これが噂の?リズリサかと見てみた。どの服もピンク・パステルカラー…寒色系の洋服が一枚もない!照明も眩しい店内で、紺の服を着ていた自分がひとりくっきり浮き上がっていたみたいだった。確かにかわいい、が、うーんそもそもここの洋服は髪の毛の色から明るい茶髪じゃないと似合わなさそうだな、と店員さんを観察しつつ考える。砂糖菓子みたいな女の子の服なんだな。やっぱり私にはちょっと合わないかな…とお店を出る。
映画の始まる前ちょっと覗いた丸井でも物欲がむくむく出てきちゃうかと思ったけど、割とそうでもなかった。アプワイザーなんとかとかエフデの服とか、えびちゃんOL系の洋服もいいなと思ったけど、あれは本当に細い人にしか似合わないわ。ああいうの見るとやっぱりもちっと厳しくボディコントロールしたほうがいいかなと感じてくるけど…。ま、棚上げ。今OLじゃないしね。
アクセサリーも観た!ネックレスが欲しくなった…。きらきらしてて綺麗だなぁ。しかし髪飾りは美鳥ちゃんと骨董市で買った髪飾りに勝る品なし!つくづく良かった。カウンセラーも誉めてくれた。
映画の後、友人ふたりに予備校行ってないこと言えたらちょっと気が楽になった。
友人の友人で労働問題関係の活動してる方の話、友人を通して何度か聞いていたが最近特に深刻に悩んでいるそうだ。秋葉原の犯人のことでも彼の社会的背景にも心痛めていたそう。彼女のような人は立派だと思う。私の立ち位置がもう少し固まれば彼女に話を聞いてみたいけど…。私も自分の職業を得たら…。 右だ左だと政治的な方向ではむずかしそうだけど他に出来ることがあるはずだとも思う。
そういえば今日出発前見ていたに「いつみても波瀾万丈」に桑田真澄が出ていた。ドラフト後入団時にごたごたして、清原も泣いてて僕も本当は泣きたかったけど、僕は好きなジャイアンツに入れたから決して泣くまいと決めた。だけど引退直前の大リーグヤンキース戦で、かつてのチームメイト松井と対戦することになったときに感動で拭っても拭っても涙が止まらなかった、今までこらえてきたすべての涙が感動の涙になって止まらなかったんです、って言っていた。松井との対戦結果は四球だったけど、松井からあとで電話があって、四球で良かった、僕が打っても桑田さんが抑えてもよくない、四球が最高ですよと言ってくれたそうだ。秀喜…やはりいい男じゃのう!友達と言い合っていたが、なぜ彼と結婚した25歳OLが私じゃないのか(ry
そんなわけで野球はあまり好きじゃなくても桑田の野球への思いと野球人生は尊敬してしまうな。夜はノムさんと対談してるのが偶然見られた。桑田の語る言葉、興味あるなぁ。
未分類 | trackback(0) | comment(2) |
最近撮った自分の写真をまじまじ観ていて…。やっぱりやや太ってるでしょ!(体重計には 怖くて乗ってない…はは。)。二の腕とか二の腕とか…レスラーみたい。女子プロレススカウトしてもらえそうだ?笑
ちなみに成人式の振り袖着てたら兄に「お前…力士?」と言われた私です。傷つきつつも面白かったです。
見た目は普通だし、美容体重ではないにしろ、気にする必要はないんですけれど、多分。
「痩せ」にはもう振り回されたくない気持ちもありますが…。
映画に出てくるような、アメリカのティーンエイジャーみたいな、バックパック背負ってサイクリングしてる感じの健康的な肉付きの女の子などいいなと思います。でもゴルフの上田桃子選手とか見てるとスタイルいいな、ひきしまっててきれいだな〜とか思うしな。ハリウッド女優で、割とグラマラスで顔も好みなソーラ・バーチという女優さん、彼女の画像を漁っていても、やはりほっそいしなぁ。
太ってる とか スタイルがよくないとか、他人に笑われたりつけこまれうる弱みになるから、こんなに躍起になってしまうのかな。ある程度細ければ誰にも後ろ指指されないものね。指されるよりは指されないほうがいいに決まってるってことで、ファッションもそうですが、自衛のためのダイエットであり、オシャレの心理です。
綺麗になりたいという心と、健康でありたいという心の均衡点はどこにあるのかな。
ちなみに私の満腹中枢は相変わらず壊れ気味です。
この飽食の日本で、グルメな生活とは言えずとも三食の心配をとりあえずしなくてよいこと、私の身体が理解する日はまだしばらく先そうです。この目の前の食べ物を逃したら、またいつ飢餓状態に陥るかわからないと思ってるのですね。身体の言い分もわかるので、今日も三食きっちり食べさせてあげたいと思います。
カウンセリングの帰りに楽しく野菜や果物を買い物しました。幸せだな!
よしよし、今日は讃岐うどんに卵焼きだよ。
摂食障害スレスレ!?心と体と「食べること」 | trackback(0) | comment(6) |
自分を高める努力をまったくしない、怠惰な生き方はしたくない。できる範囲で、多少の努力はしたいと思う。それは、「努力」をもはや拷問のように感じている今も変わらず思うのだが…。
「努力」をしていたころの記憶が辛すぎてしんどすぎて、「努力する」ことを考えてるだけで拒絶反応が起きてしまう。具体的には、机に向かって自主的に勉強するということに対して。勉強内容に興味のあるなしではない。机に向かおうとするだけで、身体の内側に細かいトゲがびっしり生えてきて、ちくちく四六時中皮膚の内側から刺されているような苦しさ、こみあげてくる不快感。それに耐えきれず現実逃避。そして自責の念。出口が見あたらず、無気力に陥る。ここ一週間そんな状態だった。
一般的にそこまで勉強していたかどうかはわからないが、私は18歳までをほとんど勉強だけして過ごしてきて、勉強にしか自分のアイデンティティを見いだせないような世界に生きていた。テストの結果によって自分の価値を確認し、それ以外にはなにも持っていなかった。(まあ、実際はそれすらも脆いのだけれど。上を見れば切りがないのだし。)
私を机に向かわせたのは、勉学の意欲でもなく若者らしい大志でもなく、テストの結果得られる快感だったから、大学に合格してしまった後は、大学に通うという現実はどこか自分とは関係のない現実という気がしていた。
気がつけば、周囲で同じく切符を持った大勢の同年代は、私のように無気力でも偏ってもいない、さまざまに豊かなものを持った大人たちだった。彼らとコミュニケーションをはかる方法を知らず、何も持たない自分がひどくちっぽけで寄る辺なき、つまらない存在に感じられた。そのころから私は大学が恐ろしくなってしまったのだ。そしてもはやペーパーテストの結果で帳尻を合わすことのできる世界は終わり、勉強することで得られる快感も薄れ、むしろ今まで麻痺させていた苦痛や矛盾を一挙に感じることをはじめたのかもしれない。
それ以来机に向かうことから遠ざかっていた。幾度か「立ち直ろう」と奮起もしたが、苦痛を無理やり自分に強いているのだからやはり長続きせず、結局挫折に挫折を重ねていた。三年間在学して、ほとんど単位は取れないまま大学は去った。そして今、また同じ過程を…辿ろうと決めたのは自分だが、気力がわいてこない。自動車教習所の試験ですら苦しかった。1日の数時間を勉強にあてるモーレツ受験生なんて…。モチベーションはゼロ。むしろマイナス。
カウンセラーは理解を示してくれる。「ずっと(勉強)嫌がってたものね。今きっと、休んであげてるんだね。」なんてポジティブな!と私がびっくりすると、カウンセラーは大真面目に「これほど嫌がっているものを無理やりに続けて、自分を責めて痛めつけて、病気にならないか不安だ。」と答えるのだった。
病気か…。苦しいは苦しい。苦しいのだけれど、だけど他に道がない。ならば、最後の力を振り絞って、苦痛を自分に強いても職業を得たい。これは何度かこのブログで言ってきたことだけれど…。予備校に通おうとしたとき、私はそう考えた。そうすれば、私は自分の生き方をいくらか楽に肯定できる気がする。自分の抱えているものと折り合いをつけ、長らくの葛藤と和解し、次の段へ歩を進めることができるかもしれない。そんな希望がチラついて…。
だけどまた私は、そこにこだわる自分が病的なのも知ってる。楽になりたければ枷を外せばいいのだ。「普通に考えたら。」公務員試験をわざわざ突破しなくたって、就職の道はあるのだから。食べていくことはできるのだから。でも、私はそれじゃ満足できない(できな かった。)「(自分基準で)一定の水準以上の職業」を求める私の心が枷を外すことを許さなかった。
「一定の」「水準以上」?なんて、権威主義的な、ちっぽけなプライドのこだわりか!呆れてしまう…。
私から権威主義的な部分をごっそり削除したら、私はいかに自由に生きられるだろうか!私は働くのが好きだし(私が唯一はっきり主張できる私の美点)、食べていけるだけの収入とあとちょっとあれば、さほど贅沢も言わず暮らしていける。だけど、だめなんだ。パブロフの犬のように、反射的に権威的なものに涎を垂らし、反発しながらも服従する心を止めることができない。そこから外れた生き方をドロップアウトと感じ、どこか「間違えた道」と感じてしまうのを止められない。
・・・・・・・・・・・・
カウンセリングに通えたことで、日常を取り戻せ、気分が少しだけ楽になった。コメントありがたく拝見しています!ありがとうございます。
カウンセリング記録 | trackback(0) | comment(0) |
対人関係においてはボーダーっぽい症状が出ていて苦しい。誰にも私が一番大事だと愛情を示してほしがってる。接触すると迷惑かかる恐れあり。じっとしている。メール返信もできてない。
そして予備校に行けない。
助けてほしいが、助けを求めるべきはカウンセラーであるべきで、彼氏とか友達とかには重たくて混乱させるだけ。自分でもわけがわからないもの。傍目には怠けてるだけだし。ここが問題なのか?でも彼氏の前では明るくて健康な女の子(24でも子、なのだ。)でいたい。こうして無理が来るのか。わかってるのに。でもたとえば電話してどうする?誰に寄りかかっても、結局私を動かせるのは私しかいない。私が行かなきゃだめなんだ。
生きるためには誰だって何かやらねばならないし、その労を厭ってはいけない。たんたんと、苦しくとも、地道に…。私はそれができない性根のだらしない人間なのか、これも錯覚なんだろうか。多分錯覚なんだろう。私だって出来る。現に出来た。短い期間だったが会社勤めは最初から退職日まで投げ出さなかった。でもそのほかは…高校(卒業は出来たが)、大学受験予備校、大学、部活…。「来た、いつもの感じ。」取り返しがつかなくなってから反省して、やり直して、でもまた最後まで走り切れない。
いつものパターンで、本当にイヤんなる。いい加減、「ああまたいつものやつね、軽くあしらってやるよ」とならないものか。 いつもながらにエネルギーを使う場所が非生産的でね…。もっと自分以外のためになにか考えられないのか。
もっと若い頃は自分の可能性にツケとくこともできたけど、私は今回の受験で今まで溜めてたぜんぶのツケを払わなきゃいけない気がしてるんだ。ああだけど、中学生や高校生が羨ましい。若さっていうのは凶暴な武器だ、若さには無自覚な傲慢さがある。自分より年長のものにはない可能性、甘えられる権利を引っさげて。私は今まで甘えてきた。受け止める側になれるんだろうか。いつまでも末っ子じゃいられないんだから。
何の話だっけ。明日のカウンセリング、すべてはそれから。チーム・バチスタの栄光読んで、納豆ごはん食べて寝ます。
メンタル整理 | trackback(0) | comment(2) |
月日があっという間に経っていく恐怖感。めまぐるしく自分以外の世界が動いて行っている感じ。取り残される、私は怖い。
私は自分が好きだと思ったり近づきたいと思ったりした人に自分から近づいたことはなかった。拒絶されるのが怖かったからだ。遠くから憧れているだけ、いつも同じ場所に立ちすくんでるだけ、相手がこちらを振り向いてくれる幸運を待っているだけだった。
今ではもう相手への好悪もよくわからない。他人はみんな別世界の人、手が届かないパラレルワールドの住人で、現実的な欲望の対象となりにくくなってしまった。
自己愛が強いから、自分に関心のない他人には無関心なんだろう。プライドとか拒絶を恐れる心も絡んでるけれど。相手が私にとって同じ平面上の存在として意味を持ってくるのは相手が私に関心を
持ったそのときだ。
そんな自分をどうしようもないと思うが、相手の意思によってしか私は他者との関係を始めるやり方を知らない。パターンを変えるにもなかなか感情がついていかない。わざわざ自分から近づくことないじゃないか、ひとりでいいじゃないか、と自己完結してしまいがちだ。
私は結局他人がものすごく怖いのだろう。
メンタル整理 | trackback(0) | comment(4) |
バイト終わったあと、3時くらいから9時まで寝てしまう。面白く難しく苦しい夢を見る。そして夜12時くらいまでネットなどしてゴロゴロしてまた寝てしまう。今週こんなかんじ。
なにかあるのかといえばなんてことない普通の日々なのだけれど。むしろ良いことがあるし、悪いことは思いつかない。単にそういう時期なんだろう。
バイトだけは必死で行ってるけどほんとは行きたくない・ハードワーク。ってこれは労働者みんなが思うことだよね。少なくなってるエネルギーを振り絞って使うから、家に帰ってきたらもうぐったりしてなんにもできない。お風呂にはいれただけでも御の字。
やらなきゃいけないことに手をつけないといけないタイミングはきっと今なのだけど、一度登りはじめるとリタイアできないうえにゴールに至るまでの果てしない過程を思ってしまい、山のふもとでぐだぐだしてる状況。いきなり山頂を見上げちゃダメなのに、すぐ結果を欲しがるのはACの悪い所です。部屋が散らかりすぎて困ったときも、目の前の洗濯物を一枚拾い上げるとこから始めなきゃいけない。
しかし助けてほしい。カウンセラーに。支えてほしい。ここが私の正念場なんだ。
なんか食べたいけど冷蔵こになんもないよ。牛乳飲みたいけど腐ってるっぽいし。テレビずっと観てると芸能人は食べて食べて食べまくってるなぁ。 私だってトンカツ食べたいラーメン食べたいっ…。食べたいんだー!でも肉は高いから買わ(え)ない。
そばでも茹でるかな…。
未分類 | trackback(0) | comment(0) |
ボーナスステージ・大阪の旅の続きです。
寝て起きたら天気予報通りどしゃぶりで、行く予定だったイベントのことはどうでもよくなってきちゃった私達。美鳥ちゃん作のロハス・ブレクファーストを文鳥ズと食しながら、「どれくらい行きたい?」「2%くらい(100%で)。」ということで、急遽予定を変更して、大阪観光に出かけることに。美鳥ちゃんが骨董市と道頓堀極楽商店街の情報を手に入れてきてくれて、そこに決定!骨董市!名前がいいじゃん。なんか掘り出し物いっぱい埋もれてそうじゃん。ハンター×ハンターみたいなさ(←オタク)。わくわく。
ところで美鳥ちゃん、旅行の前に「私方向音痴でさぁ」というから、同じく地図の読めない女である私も「私もおんなじ!」と同意したんですが、ところがどっこい、彼女のそれは並じゃなかった。私なんかおよびもしない、ほんとに、ほんまもんの、方向音痴。太師堂の骨董市で、3回くらいしか曲がってなくて、しかも振り返れば曲がった角が見えるのに、「もうどっから入ってきたかわかんなくなった。」なぜか大阪に10年住んでる彼女を大阪ほぼ初上陸の私がナビゲートする不思議。彼女これからひとりで家に帰れるのかしら、私が見送りに行ったほうがいいんじゃ、と危惧してしまった。(無事帰れたようで良かった。)

ということで、美鳥ちゃんのブログにも載ってますが、ふたりで骨董市で買った髪留めで証拠写真!お安うございました。とってもかわいい大阪のおばちゃんがやってたお店。美鳥ちゃんはおばちゃんとすっかり仲良しになっていた。彼女は本当に、コミュニケーション上手。銘仙の着物を推定5000円引きでゲットした美鳥のスキル「ねぎり」は彼女のブログに詳しいですが、ほんとうに一見の価値あり。「おっちゃん、よう買えんわぁ。ごめんねぇ。」と言いつつしかし、立ち去らない。ねばるねばる。着物の柄がとってもかわいくて、私も携帯で撮って待ちうけにしてしまった。着物を普段着で着られるって凄いなぁ。おっちゃんと専門トークをかます美鳥ちゃんを尊敬。骨董市の皆さんの人柄の温かさ、おもろさに感動しながら四天王寺を後にする。

そして、大阪といえばここ!道頓堀にやって来ましたー!ここで「ああ大阪来たんだなぁ。」と実感した。くいだおれ人形はまだ健在でございました。目が合っちゃってイヤンな感じ。インディジョーンズバージョンでした。

かに道楽もね。ときは豪雨、こんな日に外出るなんて頭おかしいとしか思えないという見事な降り。「かにの動きもなんとなくおっくうな感じ。」美鳥・談。このあと道頓堀極楽商店街に入りました。ナンジャタウンみたいな感じかな。色彩豊かで雰囲気あっていい感じ。駄菓子コーナーで「うまい棒」とか「よっちゃんイカ」、「酢ダコさん太郎」とかの駄菓子を貪り食いました。それでも40円!出費を思い一瞬ウツになってた私達のお財布になんと優しい…。

道頓堀そばのにぎやかな通りを一本入ると、そこは閑静な細い道・法善寺横町が。美鳥ちゃんがずっと来たかったそうで、良かった良かった。美鳥ちゃんはつねに重〜いカメラを手作りのバッグに入れて、激写していました。うーん、これらが彼女のブログにUPされる写真の数々になるのだな。私の写メールは、まあど素人ゆえに全体を撮ろうとしたり、構図っておいしいの?って感じのテキトーな写真だったりするのですが、同じものを観ても彼女にはすでに絵がイメージとして浮かんでいるんだなぁ。「えっここを撮るの?」「おお…ここを撮るんだ」というところでカメラをかまえる美鳥ちゃんをそばで眺めているのは楽しかった。集中力がすごいのです。できあがった写真がそれに美しいもんだから…。現像したら観てみたいなぁ。美鳥ちゃんは恐縮してたけど、友人が気がねなく思う存分、集中してくれるのは同伴者として嬉しいことでした。
雨は都合よく降ったり止んだり、行き当たりばったりだったり、どんなハプニングやトラブルあろうとも、気の合う友と一緒なら楽し。彼女と一緒にいて、それを強く実感する。思い残すことはなにもなく、すべてが楽しかった。美鳥ちゃんは全然気を遣わず自然体でいられたと言ってくれたが、それは私も同じ。彼女が気を遣ってないのがわかったから、私も気を遣わずいられた。私は普段人といるとき、「気を遣わないように気を遣う」というややこしい状態に陥りがちなのだけれど、この旅行ではほんとうに自然体でいられて、精神的に全然疲れなかった。そうじゃなきゃ、会っていきなり泊まるなんてことはできない。
お別れは寂しかったけど、美鳥ちゃんが来月東京に来る予定があるというから、「また東京でね。」と言って別れた。美鳥ちゃんおススメの、「たこ焼き羊羹」(味、不明)をお土産に、東京行きの新幹線に飛び乗った。景気づけにビールを買って飲んだら、あっという間に眠たくなってきて、3時間爆睡、起きたらもう東京。夢のように楽しい二日間から帰還したのでした。また行きたいなー、大阪!そして美鳥ちゃん、どうもありがとうね!
未分類 | trackback(0) | comment(2) |
きのうおとといと大阪の美鳥ちゃんと遊んできた!ほんとに昨日・一昨日の話なのかな。もうずっと前の話のよう。ずいぶん長いこと大阪にいたような気がするし、なんだろう、マリオで言うとボーナスステージみたいな、スターで無敵、豪華絢爛、夢の中にいるような怒涛の二日間。
まず、シチュエーションが特別だった。よく考えたら特別。ずいぶんお互いいろんなことを知っていて、毎日のようになんらかのコンタクトを取っている相手とはいえ、初対面は初対面。電話したことはあるが、顔も写真でしか知らないし、名前を私は知ってるけど、おそらく美鳥ちゃんは私のは知らない。もちろん住所も。周囲には「その人女性?」「その人ほんとうに女性?」などと心配されたりもしたが、実際たしかにアバウトではあった。初めてのジャンルの行動。だけどそれがそんなに違和感がないのである。ごく自然だった。馴染みの友達にちょっと着のみ着で会いに行く。待ち合わせてそのへんで一緒にご飯を食べる。その延長という感じ。
とはいえ、前日までブログで美鳥ちゃんの体調がみるみる悪くなっていくのを見て、私本当に行っていいのかなと思ったりはしたんだけど。前日おそるおそる電話したら美鳥ちゃんは案外けろっとしてて。これが5分単位で変わる体調か、でも人と会うとなると無理にテンションあげてるのかもしれないし、と色々考えたが、彼女が大丈夫だというので、とりあえず予定通り決行することに。
ただし、いきなり体調が悪くなって倒れたとしても動揺したりしないように心構えをしておいた。幸い私は元気である。郵便配達で体力もついてきたし、元来力持ちなので美鳥ちゃんをおんぶくらいはできると思われた!お互い無理しない、無理させない日程でいこうと思いつつも、2日間ぶっつづけで遊ぶっていうのは大丈夫かな、とは思った。実際美鳥ちゃん、私が帰った後2日くらいは寝込むんじゃないかとか。
とにもかくにも新幹線に乗ったらそこはもうたこ焼きとお笑いの国、大阪である。スーパーボールよりでかいきらきらした指輪をはめたねぇちゃん。まつげバシバシ、ルージュがまぶしいおばちゃん。ヒョウ柄も無難な土地柄。自由と人情の国、大阪。ソウルフードのたこ焼きを食べ生きる人々には、たしかに東京とは違うなにかがある!
天気予報はあいにくの雨で、東京はどしゃぶりだったけど、幸い大阪は降ってなかった。美鳥ちゃんを待ってるあいだ、彼女が無事待ち合わせ場所までたどり着けるかハラハラしてたけど(余計な心配?)、元気に自転車で現れたのでほっとした。紫だよって言ってたけど、紫の人ってけっこうおります。でもすぐわかりました。で、初めて会った美鳥ちゃんと、初めてと思えないほど普通に話した。ブログとおんなじ。メッセンジャーとおんなじ。会ったことがなかったとはいえ、なにしろ、私のコンプレックスや恥ずかしい話をほとんどあますとこなく知ってるような相手である。今更気取る必要もないし、気を遣う必要もないと思えたら、すごく楽になれるものなんだな。
ふたりでたこ焼き食べて淀川沿いを散歩したり、ロハスカフェでくつろいだり、文鳥ちゃんたちと遊んだり。美鳥ちゃんの撮った写真を見せてもらったり(これが素晴らしい)、消しゴムはんこを見せてもらったり(これもすごい素晴らしい)。手作りのバッグを見せてもらったり。彼女の博識・多才ぶりに改めてびっくり。一緒にネットサーフィンしたり。テキトーにゆる〜く話したり、真剣に語ったり、爆笑したり、死〜んとしたり。そうこうしてるうちにあっという間に夜がふけて、ホテルに行くのもめんどくさくなって、予定にはなかったが泊まることになり、ふたりでシングルベッドのスペースを分け合って寝るという荒業もかましてしまった。まあ、私寝相悪かったらしいですが。。(起きたときに非常にコンパクトな姿勢だったので、自分の寝相にいたく満足していたところ、美鳥ちゃんから指摘された。)

行って来たで〜大阪!飛び交う関西弁。エスカレーターは右側に並ぶのがマナー。イッツワールドスタンダード。

感動!美鳥ちゃんちの文鳥ズと会えた!いやー、文鳥様がいる生活、すばらしいです。かわゆすである。私は動物に好かれるタイプじゃねーなー、と思ってたから、文鳥ちゃんたちがどう出るかと思っていたが…。

なんとむくちゃんが手に乗ってくれた。むくちゃんは好奇心旺盛で、肩にとまってくれたり私の朝食を強奪したりしていました。

ももちゃんは最初私が近づくと全力であとずさりしていたけれど、漫画を読んでくつろいでたらおなかにのってくれた!しかしこの後漫画本を落としてしまって、すごく警戒されてしまった。

感動!ミギーにも会えた。よく落馬ならぬ落猫していた。なんとか美鳥ちゃんちに来た証拠を…。ということで撮ったんですが、考えてみたら画像受け渡しすればいいだけの話だし、これも決め手にならぬか…。
未分類 | trackback(0) | comment(0) |
バイトが最近特にハード、だけど慣れてきてリズムができてきた。通勤も合わせて毎日自転車を一時間以上漕いでるから、足に常時乳酸がたまってる感じだけど。手に自転車まめができてしまって、すっかり労働者の手。ガサガサする。いったい何キロくらいの荷物を運んでるんだろう。行きはちょっとつつかれるとパタンと倒れちゃいそうなくらい重い。道交法が改正されて、自転車の車道走行がよりいっそう義務化されたそう。そのおかげで自転車用路側帯も最近はけっこう整備されていて車道も走りやすいのだけど…。ちなみに走行じたいよりも降りるときが一番注意を要するポイントで、今まで何度もバランスを崩して倒れた。倒れるのはいいけど起き上がるのがひと苦労!でも、そのぶん帰り道は爽快だ。
同じ班のTさんとIさんと今日は夜ご飯を食べた。ふたりとももう引退されてる方なので、余裕がある感じ。班内のことを話し合ったり、人生訓を聞かされたり。私はほんとは無口でいられるほうが楽なので,話し好きな人の話を聞いてるのは楽しかった。職場での気の遣い方とか心得てる感じだから、ふたりと一緒のときは仕事がやりやすいし、バイトが楽しい。
休憩中に短期のバイトの話を耳にした。夜の配達数時間で時給がかなりいい。どうしようかな。最後に頼みになるのはお金、できれば稼げるときに稼ぎだい。税金の支払いもきついし。都民税と国民健康保険があわせて16万くらい…とてもムリ。国民健康保険は通院してるし払わなきゃ、と思ってるがマンスリーでかなり出費がかさんでしまって厳しいのだ。それに試験勉強もあるし…、失業保険との兼ね合いもな…と色々懸案事項もあるのだが。自分の体力や状態と相談してちょっと考えよう…。
とか色々考えてたらまた食べすぎてしまった。ジンギスカンお腹いっぱい食べたのにチップス2袋とチョコレート。完全にストレス発散になってる。昨日は夜中にキムチチャーハンとスパゲティ食べてるし。勉強できてないことに対する焦りと罪悪感からも来てるのかな。
昼に前の会社関係の知人からイベントのメールが来た。女性の働き方について、色々勉強会のようなことを始めたらしい。行ってみたいが今週末は旅行なので無理、来月の案内をお願いしておいた。彼女も会社を辞めると聞いて驚いた。前の会社で繋がりができた人ともさっぱり連絡をとっていない。メールしたいが、今の私じゃ駄目な気がする。
気晴らしになにか観たくなって、海外ドラマLの世界を借りてきた。中村うさぎが最近レズビアン文化にはまってるらしいというのをブログで読んだから。性別の境界も曖昧で様々な今、男だ女だの二元論であれこれ語るのはもう古いのかもしれない。なんて、うさぎ氏もLの世界がレズビアンに興味持ったきっかけだったそうですが。しかしパソコンが不調で再生できず…。がっくり。
一人暮らしになると途端に入浴に対するハードルが上がるなあ。汚くても誰にもとがめられないからか?なんとかシャワーを浴び洗濯物を干した。食器は洗えてないが上出来だろう。明日はハローワーク、早く寝よう。
未分類 | trackback(0) | comment(2) |
今日は出かけた。
一応夜ごはん食べたのに家に帰ってからまだ食べたかった。なにが食べたいかといったらひとつしか浮かばない。ブルボンのお菓子・ルマンド。これしか食べたくなかった。今日は寿司も焼き肉にもケーキにも興味なかった。「ひと袋のルマンド。」これしか私の心の飢えを満たしてくれないだろうという確信があった。
しかもルマンド一個じゃだめ。ひと袋15個全部食べないとだめ。袋いっぱいのルマンドを、私の胃と心に投入すればいっぱいにすきまなく空白が埋められる気がした。
帰り道自転車を漕ぎながら50分かけてどうしようか考え自問自答し、さらにスーパーでバナナやヨーグルトなどの前をうろうろしてルマンドのとくらべつつも、私が食べたいのはルマンド、そして一杯のビールという気持ちは結局揺るがなかった。ここまで食べたいならもう仕方がないと思った。ルマンドを買った。買ったからには美味しく食べようと思い、ビールを飲みながらルマンドを完食した。おいしゅうございました疲れたからか350mlでものすごく眠い。もう少し起きていたいようなこの気分のまま眠りたいような。
なぜ心が空虚なのかわかる、要するに私はさびしいんだな。でもこれは誰か近しい人がいて埋まる寂しさじゃないんだ。いつもの仕方ない種類の寂しさで、それが近しい人と一緒にいてもやはり埋まらないことがショックだったのかもしれない。(まだ希望は捨て切れていないが…。)さて、やはり寝てしまおうか。
摂食障害スレスレ!?心と体と「食べること」 | trackback(0) | comment(2) |
カウンセリング中、ふとしたはずみで母親がお酒を飲みすぎなんじゃないか、という話になった。
なにしろ、親のかたきのように飲む。毎日500ミリリットルのビールや発泡酒を2本、多いときは3本。飲み会があった日も飲み直しといって飲む。休日は朝から飲む。浴びるように飲む。
それは多いように思うけど、とカウンセラーに言われて今更ながら私も飲みすぎなんじゃないか、と思うようになってきた。
自然アルコール依存症という言葉が脳裏に浮かんだ。母はアルコールを飲むことが常態化してしまっている。休肝日もないし、やめようと思っても簡単にはやめられそうな感じではない。
一度母に「おいしいの?」と聞いたら、「飲みものとしてはそんなにおいしくないけど、酩酊感がいい」と答えたことがあった。辛いこと苦しいことすべて、ビールがもたらしてくれる酔いで忘れようとしているのだろうか。そういうのもありだとは思うけど…。
酩酊感を求めるのは依存症の典型、とカウンセラーは言う。
「アルコール依存症は飲んでないと情緒不安定にも抑うつにもなりやすいし、健康面を考えても一度きちんと話してあげたほうがいい。」と。
母はアルコール依存症なんて認めないだろうな。わかりやすい形の依存症状が出てないと自覚しにくいけど、案外みんな色んなものに依存して生きてるのかな。私の場合はネット依存、ムチャ食い、かつてはゲーム依存、ダイエット依存など。その当時は依存だなんて思いもしなかったけど。ダイエット依存なんて良いことだと思ってたし…。
みんな歪みを色んな方法で処理してるんだな。苦しかったらカウンセリング受ければいいのにな、と思ったり。「心理学はもっと社会に還元されるべき。」友達が言ってた言葉が頭をよぎった。
とりあえず母には缶1本にするよう言ってみよう。
摂食障害スレスレ!?心と体と「食べること」 | trackback(0) | comment(8) |
以前の私は、他人はコントロールできないという当たり前の事実がわからず苦しんでいた。ただし、自分に関してはコントロールできるものだというふうになんの疑いもなく思っていた。それは他人がコントロール不可能とようやくわかってきてからもさほど変わらなかった。
自分のことは自分の意志でコントロールできる。身体しかり、精神しかり。
だからダイエットをするにしても徹底的にカロリーコントロールを考えてやったし、結果みるみる体脂肪率も減った。ダイエットは成功したと思っていた。
しかし、厳格なダイエットで常に飢餓状態に置かれた身体は、食べ物を見ると「この機会を逃してなるものかとばかりしだいに食べ物に異字に執着するようになり、私の食欲はすさまじい勢いで私の意志のもとを離れていった。いまだに私は一食の適正量がよくわからない。空腹も恐怖である。精神的な原因もあるが、「適正な空腹感」がわからないから。そして、空腹が過ぎて身体を飢餓状態に置きすぎると、後から必ず身体に復讐されるからだ。
身体は生き延びるためなら意志など軽々とねじ伏せて、結局はどんな方法であっても目的を達成するのだ。私は身体の所持者であるかもしれないが、私の意志が身体に及ぼす影響など微々たるもの。
そのことに気づいてから、私は身体をコントロールするためのあらゆるダイエット信仰を捨てざるを得なくなった。痩せたいと思う気持ちは未練がましくあれど、いまだ身体は飢餓状態の頃の恨みがまだ残っているようだから、好きなようにさせるほか仕方がない。
摂食障害スレスレ!?心と体と「食べること」 | trackback(0) | comment(0) |
・仕方がないの母
・傍観者の父
で書いた内容のほか、兄についても話し合った。
お兄ちゃんはどうして私に攻撃的で甘えた(といっても子供がやるようなかわいい“甘え”では当然ない…)態度をとるんだろう?するとカウンセラーから、私への上から目線の言動、存在無視、意地悪な物言いは、妹の私に競争心を持っているからではないかとの指摘を受けた。
そうなんだろうか。兄のことは未知すぎて、すべて推測でしかわからない。持ってるかもしれないし、持ってないかもしれないし。幼い頃に限って言えば、確かに私のほうが勝ち気で学校の成績も良かったから、兄は私にそういう面では劣等感があったかもしれないけれど。私は私で、兄の友人の多さや人好きする性格にコンプレックスがあったのだが…。
現在の兄は私へのコンプレックスを乗り越えたと思ってそう。でも実際見下した態度を取るということは、まだそれから解放されてないんじゃないか…。なんて、これも勝手な想像
。
カウンセラーは、お兄さん本当に友達いるの?と言うけれど、私が兄のマイナス面だけ語っているからで、実際カウンセラーも兄と会えば兄を好きになるんじゃないか、と心のどこかで寂しく思ってたり…。
二者関係である以上、兄だけじゃなく私のほうにも原因があるのだろうな。兄といると緊張するし、意識してぶっきらぼうになってしまうし、弱みを見せられないと構えてしまう。弱みや隙を見せると、たちまちそこを突かれるんじゃないかと怯えている…。憎まれ口なとたたかないかわいい妹でいればいいのかと思っても、見下されていたり、自分に対して無関心に見える相手の歓心をあえて買おうとも思えない。
私が短期マンスリーで暮らすことについても、兄は一言もコメントしなかった。不自然なほどに。だからなにかを感じているのはわかるが、そのことについて話題にするだとか、聞いてみるだとかはできなかった。また否定されたらと思うと怖かったから。
マンスリーマンションで暮らすにあたって、母とは話し合いにならず、父と兄とは話し合いにすら至らなかった。ここでこうして暮らしていて、私の情緒は安定しているが、カウンセラーと話しているうちに、結局理不尽に私ひとりが割を食ったという憤りで悲しくなってきた。
しかし家族には、個室が必要だという私の主張が認められなかったのだから仕方がない。夜眠れないこと、母親の気分の影響をシャットアウトする空間として、ドア一枚隔てた個室は必要だった。母と兄が何を話して異様が、母がどれだけ機嫌が悪かろうが、離れていればさほど問題はない。
もっとも、実家に戻ったばかりの頃は母親にべったりで、抱き合って寝たりしていたのだが…。、いつのまにか自然とそれはおさまっていった。あのときは母親と密着していないと不安だった。今では同じ部屋で寝るのも きついというのだから、この短期間の変化は驚きだとカウンセラーも言っていた。また8月に戻ったときはそうなるかもしれませんよと答えはしたが、今回はなんとなく大丈夫なんじゃないかと思っている。
ちなみに母親は私がこちらに移動してきてから、優しい。離れていると優しくなるのだ。ご飯食べに来ない?と電話かけてきたり。平日にご飯作ったことなんかほとんどなかったのに。断ると悲しそうにするので罪悪感があるが、断った。罪悪感を持たせて娘が自分から離れることを無意識に防いでいるのかもしれないというのは、カウンセラーの見解。
次回の兄の帰省について、私以外誰も個室の必要性を感じていないなら、次回はお兄さんがリビングで寝ればよいのでは、と提案してくれた。たしかにそうすれば私は個室を持つことができるが、家族が私ひとりが個室を使うことに納得するだろうか。himaさんは女性だし、男性のお兄さんより個室が優先されて当然というのがカウンセラーの主張なのだが、私の家庭では「男だから」「女だから」という性別に関する配慮が見られないから、その主張が通るかは微妙なところ。
家族の話 | trackback(0) | comment(0) |
毛虫にかぶれて苦しんだりしてますが、あとは元気です。なかなか快適な住まいで…。光熱費が1ヶ月2万弱と高いので、電気水道ガスに関しては気兼ねなく使ってやってます。今日なんて6月にしては寒いから暖房つけてたり(汗)
実家に帰ってネットする気にはやはりなれなかったので、携帯を機種変更してぼちぼちやってます。入力がやっぱり難なので、読む専門になりそうですが…。今日も肝心のカウンセリングの記事までたどり着けませんでした。 ネット時間が減ったのと、なんとなくにぎやかということで、テレビをつけてる時間が増えました。
気になってた食欲もいい感じであり、三食ひとりぶんで満足できています。好きなハンバーグも食べられるし。冷蔵庫の中すべて管理できるし、作るにしてもひとり分だから、私はひとり暮らしのほうが確実に痩せるんですよね。アボガドにはまってます。
バイトも梅雨に入りハードさ増してます。足に筋肉がつきました。
土日は久々にほんと〜〜〜になにもない、今月通しても珍しい休日なので、ゆっくりしたいです。
未分類 | trackback(0) | comment(0) |
家を出る前、兄ともまた、軽く言い合いになった。兄のバイトと私が時給900円という話になったのだったが…。そのときの兄の、「(お前の仕事みたいに)単純作業じゃないんだよ。」という(冗談ぽい言い方ではあったが)言葉に腹が立って、「それは私だけじゃなくほかの郵便局員や物流関係者、お父さんもバカにしてるってことだよ。」(←父は運送会社勤務なのです。)… と反論した。なに被害者意識出してるんだって兄は言い返してきたけど。「自分の言葉の無神経さを考えたほうがいいってこと。」すると黙ってた。
かなりキツイ応酬になってしまった。
父親はその場にいたけれど、何も言わなかった。 兄の言葉は冗談にしてもあんまりにあんまりだから、何か言うかなと思って父親を引き合いにわざわざ出してみたのだったけど。
結局父は傍観者なんだな。あきらめからくる傍観か?なにも言わなければやり過ごしていける家族ただし、父が自己主張してたら家庭はとうに崩壊してただろう。
けんか両成敗という言葉があるけれど、この家にはどちらに言い分があるかなんて考慮されない。母はけんかするなうっとおしいやめて、と怒るし、父は黙ってる。たいていけんかするのは、母か私、兄か私(まれに父と母)なのだが…。
より感情的になったほうが言い分の筋にかかわらず悪者にされるから、口論では感情的になったほうが負けというルールだ。だからなるべく冷静に私情をはさまず主張しなければならない。アサーティブな怒りの方法というやつ。怒ってるのにそんなの難しいし、できたとしても味方は望めない。逆に理屈っぽいと聞く耳持ってもらえないことも多いが…。
小さな子供どうしのおもちゃの取りあいのけんかじゃないし、(それだって本当は両方の言い分を聞いてあげるのが一番いいことだと思う)けんかを黙殺すればいいってものじゃないと思うのにな。今回なんて大人どうしの、職業への価値観に関してけんかになったのだからなおさら。味方になってほしいとは言わないでも、なんらかの意見は聞きたいとは思う。そういうことがされてる家庭ってあるのかな。私には予想もつかない世界…。
家族の話 | trackback(0) | comment(0) |
カウンセリングを受けたので、家を出る前の出来事をいくつか書いておこうと思う。
兄が冬にも1ヶ月帰ってくるという話を聞いた。正直ショックだった。今回だけだと思ったら、耐えられたけど。来年のことは、試験もあることだし改めて考えようと思っていたけれど。
駐車場からの帰りに母に切り出した。
「お母さん、今度お兄ちゃんが帰ってきたらリビングでどっちか寝ることにしようよ。私、ひとりじゃないと眠れないんだよ。」
「どうしてそんなひどいこと言うの。」
「そうじゃなくて、お母さんがどうこうじゃなくて、単純に、本当に眠れないんだよ。」
「わがままばっかり言わないでよ。」
「わがままじゃないよ。マンスリーだって自分のお金で借りるじゃない。私が出ることでほかの三人は楽になるわけでしょ。」
「楽になるとか言わないでよ。
仕方ないじゃない。ほかに部屋借りられないんだから。」
母と話すといつもどうしてこうなってしまうんだろう。険悪でとがった、悲しみをはらんだ空気。私はそれが嫌で、母もおそらくそれが嫌で、私たちはまともな話し合いをしたことがもうずっとない。
言葉が意思を伝えるための大きな方法だから、私はできるだけそれを使いたいと 思うけれど、母は私に「親に完璧を求めないで。」と言う。完璧を求めているつもりはなくて、私はコミュニケーションを拒否しないでほしいだけなのだ。まず筋道を考えることって必要なことじゃなないのか。わからないなら一緒に考えればいい。その上で現実とすり合わせすることになるならそれでもいい。いきなりなにもかも、「これが現実だから受け入れて。」改善できないか考えようとしても、「完璧を求めないで。」とまるのみに受け入れて妥協するのは私はいやだ。不毛な愚痴を言い続けるのもいやだ。感情のまま対立だけするのもいやだ。今直面している現実と、こうありたいという理想がなぜかけ離れているのか、できるだけ快適な、理想の形に近づくにはどうしたらいいか、考えたいし、働きかけたい。「仕方がない。」で済ませたくない。仕方ないうえでそれでもありとあらゆるできることをして、はじめて使うことの言葉だ。私はそこで思考停止したくない。
そう、思考停止だ。私には母が考えることを放棄しているように思える。おそらくは苦痛のためか、多忙のためか。
母は私が厳しすぎると言う。
その「仕方なさ」は、私の気持ちを理解しようとする道も阻む仕方なさなのか。私が家を出るその気持ちはどうでもいいのだろうか。
絶望感と母への怒りとでいっぱいになった。
「何を言っても伝わらない。」
そう母に言って、先にひとり先に家に帰った。背後に取り残しまで母の顔を想像して、悲しみで胸がいっぱいになった。
どうしてこう対立してしまうのか。家族の言い分が正しいのか。私がわがままなのか。どちらも悪くないのか。私のしていることの意味はなんだ。私はいったいなにをし、どこへ向かおうとしているんだ。理性的であるって?…ぐるぐる疑問が渦巻いた。
理性的になったところで、今の私では家族をそちらに巻き込む力もないし、そのために辛抱強く頑張り続けることもできないし、スマートなやり方で賢く彼らを誘導することもできない。無力感が漂った。今の私にできたのは、ただ逃げる、離れる、これだけだった。
家族の話 | trackback(0) | comment(0) |
引越し直前。今週もハードで疲れました。バイト予備校バイトバイト予備校予備校バイトバイト予備校、って感じでした。
しばらくネットのない世界に行ってきます。洋服と勉強道具とぬいぐるみだけ連れて行けば、あとは全部揃っています。帰ってくるのは8月7日。一応ネット環境はないところなのですが、ネットジャンキーなので携帯をバージョンアップなどして更新することと思われます。(笑) みなさんのブログも訪問したいですしね。
ではでは、行ってきま〜す!
未分類 |
Q、マンスリーマンションに住もうと思うのですが?
A.母親「なんで2、3ヶ月のこと…」
A.父親「少し我慢すればいいことなのに」
両親ともに、こんな感じの反応でした。
有難い事に、保証人にはなってくれました。
お金をドブに捨てるバカ
そういう見方もある。それも正しい。
でも、私にとってはそうじゃない。それが大事。
明日振り込みし、明後日契約、7日には入居とあいなりました!
って、昨日の記事では25日からじゃないのかよ!その予定だったんですが…。
どうも夜眠れません。フラフラです。ピリピリした空気が絶えません。家、とても狭いです。兄、プレッシャーです。(兄の甘えはなりを潜め、といいましたが、前言撤回します。兄の気分屋ぶりは健在です。今度指摘してやります。)
一刻も早く出ることにしました。
仮の住まいですが、私の城。
つかの間ながらの、楽しい楽しいひとり暮らし。
隣町なので親しみもありますし、近くに友達が住んでいます。
ただひとつの難点は、ネットができないということですが、それもなんとかなるでしょう!
携帯のプランをバージョンアップすることなどで補いたいと思います。
&、いい機会なんで受験勉強頑張りたいと思います。
明日からバイト三連荘。土曜に自分で車を運転して(いちだいイベント)引越し、日曜は高尾山に行きます。
今週末が終わる頃にはすべてに片がついているはず。
一人暮らししたことあってよかった。がんばって車の免許とって良かった。
バイトしててよかった。バイトはじめてよかった。背中を押してくださった方、バイトやめたいってヘナヘナしてたときに話を聞いてくれた友人に感謝します。ありがとうございます。
過去の自分と、自分を取り巻く、いろんなことが良かった。
能動的に状況に対応していけているという実感が、私に活力を与えてくれています。
ハードですが、がんばります。
未分類 | trackback(0) | comment(4) |
いよいよマンスリーマンションの話が現実的になってきた。先日メールしたマンスリーの担当者からようやく返事が来た。メールじゃまどろっこしいので電話した。そしたら、空きはあるが、ネット接続可の部屋は今満室とのこと。6月25日以降じゃないと、ネット接続可の部屋は空かないらしい。ガーン。LANケーブル買ってきたのにぃ。
うーん。あと22日。我慢できるか。
最初は我慢できないと思った。即日、家を出たい。22日我慢するくらいなら、2ヶ月半我慢するのと同じ。プランそのものに意味がなくなってしまうと思った。
「とにかく早く家を出たい。この空間にいたくない。」その思いが先走っていて、ネットをダラダラするくらいなら、ネットなしの環境のほうがいっそいいかとも思ったりした。9月にも試験、あることだし。
それに、ネットなしでも、ネットだけしにバイト帰りに実家に寄るということもできる(バイト先と実家は徒歩5分)。だけどいちいち面倒くさいし、家を分けた意味が失われるようで好ましくない。
別のマンスリーを探す手もあるが、なんか、ほかのところがイマイチで。外観といい条件といい、私、もうあそこに住むんだ!ってほど今の物件、気に入ってしまった。
現実的な折衷案としては、やはり6月25日まで待つしかないかな。
どうせ中旬は旅行でいない日もあるし、それ以外は平日はすべてバイトと予備校が入ってる。
この家は、精神的にプレッシャーを与えてくる環境ではあるけれど、それでもこの家の環境のせいでできないと言い訳していることは、どうせあちらでも出来ないであろう。この家にいながらにしてプレッシャーに負けないために、自分の心を保つ修行だと思って、がんばってみようと思う。
それにそのほうが、お金も節約できるしね。失業給付とバイト代が入りはじめて、貯金額がぼちぼち増えていってはいるけれど、それでもやはり最後に助けになるのはお金。自分だけの貯蓄だ。
マンスリーには珍しく?入居に連帯保証人が必要なので、両親には今夜話すつもりだ。賛同してくれるといいが。
25日を励みにして、その日が来たら出て行けるのだ、という心の拠り所があるだけで、違う気がする。
未分類 | trackback(0) | comment(0) |
兄とのコミュニケーションは問題ない、と思っていたのだが、カウンセリングで事細かに話してみると、カウンセラーにはそうも映らないらしかった。
英語うまくなったの、と聞くと、「TOEIC900点くらいだろうね、とか、でも所詮あれはペーパーテストだからあんまり意味ないけど。」嫌味だなー、っていうと、「そう?」
バイトするの、と聞くと、「今までの経験を生かして時給2600円で雇ってくれる口があるっていうけど、もう一つのところと迷ってる。」(←私時給900円なんですけど!そのバイトが郵便配達だというと、「お前そんなことやってんの?」)
「お前今なにやってんの?」(←カウンセラー的にはこれも上から目線でむかつくらしい)の言葉に、会社はやめた、というと、「ああ、ぼろい会社ね。」
「ぼろい会社」発言、私は腹も立ったし悲しかったけど、でもたしかに前の会社はぼろい会社だったのだ。とカウンセラーに話すと、カウンセラーは、「勤めていた人間がそういうのと、まったくの他人がそういうのとでは意味合いがぜんぜん違う。」と。
ああ、これだけ抜き出して書くと、これだけ話すと、兄がすっごい嫌なやつみたい。
兄って嫌なやつなんだろうか。
カウンセラーは兄を実際見てないから、知らないから、私の話す兄像だけで、能力はあるけど傲慢で無神経な嫌なやつ、と思ってるんだろうな。兄は明るいし、優しいところもあるし、根は善人。誰からもたいてい一目置かれるし、好かれる。私も兄が嫌いじゃない。
だから、兄のマイナス面だけこうして話して、フェアじゃない、と思う気持ちと、「カウンセリングでは事実はどうあれ、クライアントが感じていることが重要」というところから、「兄は私にとっては嫌なやつ」でいいのかな。
兄を素で嫌味だと感じるのは、お金持ちと貧乏人の家の差のようなものなのかな、と思っていた。
お金持ちの家に生まれた人と、そうじゃない家に生まれた人。うらんでみても嘆いてみてもどうしようもなくて、将来どうなるかは別にしても、子供のうちは自分じゃその状況を変えられない。
それと同じで、「持てる者」と「持たない者」の違いなんだろうな、と。
「持てる者」は持っていることが当たり前で、要求水準が「持たない者」に対しても相対的に高くなるのは当たり前で。「持てる者」がこんなの普通だよ、と思ってることが、持てない者に対しては羨望や嫉妬の対象となったりするのはよくあることだ。
もちろん、お金がない人の前でお金があることを「自慢」したり「ひけらかしたり」するのは嫌味な行為だけれど。だけど、「持てない者」に遠慮して−私に配慮して、兄が自分の言動に注意する、ってことをしても、私は傷つくような気がする。
だから、その格差に傷ついても仕方がないのだ、と私は諦めているようなところがある。
カウンセラーは、兄のそういった配慮がない傲慢さはもちろん、兄が私のことを馬鹿にしていて、その影響を私が受けているという。カウンセラーがこんなふうにはっきり断定系を使うのは珍しいので、これは本当なんだろうか。影響を受けているということは、間違いないと思うけれど。
「夢を追い、大志を抱いている兄の生き方に比べて、私の生き方はつまらないもののように感じる。兄が帰ってくる前はそう思わなかったけれど、兄を目の当たりしてからは、色褪せたもののように感じる。」
カウンセラーは、この私の思いを、兄の価値観をとりこんでしまっているためだ、というふうに言う。これはその通りだと思う。
やはり私は、ひとつの心として、「兄のようになりたい、兄のようにならなきゃ駄目だ」と思っているのだ。そうやって育てられてきた。「女だから、兄とは生き方も比べられない」というのは「逃げ」だ、と。女でも、男並みの、男以上の生き方ができる。これは母の教育であり、願いであった。
「あなたもアメリカ留学する?」と母が私に言ってきたことも、2・3回ではない。母は私に「自由に生きればいい」というけれど、それは私が「派遣社員で暮らす」というと反対するだろう(した)。母の「自由」は、ある一定の水準をクリアしたうえでの、「自由」だ。
兄なら、私のこの記事を読んでこう言うだろう。
「お前の考えすぎ、被害妄想だよ。俺はお前を馬鹿にしてないし、お前も今の自分がいやなら努力すればいい。」と。
努力で埋められる。向上心で埋められる。それはまったくの正論のように見えたから、長いあいだ私はそれに縛られてきたけれど、それは本当に正論なんだろうか、と最近は疑問に感じるようになった。
人は個々の能力も違うし、自分がそうだからといって、自分以外にもそれを要求するのは間違っていないか。少なくとも、私にとっては幸せな生き方ではない。だから「兄のように生きようとした」「母の願い通りに生きようとした」大学生活は歪みをきたして破綻した。その後の生き方が、まったくこれらに縛られていないか、と問われれば、残念ながら答えはNOだが…。
しかし、私の家庭では、この「正論」が大手を振って煌々と掲げられている。価値のあるのは、「たゆまぬ努力による能力の研鑽、成功とお金。」「正論」の体現者たる兄の言葉は母親にとっては重みあるものだし、「正論」を体現できなかった父親は、母親から残念に思われている。父親自身は、ニュートラル。父親はほんとうに無欲に思える。その無欲さが、母親には「向上心のなさ」と映って、母親と同じように私も父を見下してしまうところがある。カウンセラーに言わせれば、「お父さん、まともじゃない。」
私はそんな家の空気が負担で、そんな無言のメッセージが負担で、兄を讃える母も負担なのであった。兄がなにを言っても、誰を傷つけようと、「競争のなかで勝ち抜いた強者が正義。成功者が正義」、そんななかでは顧みられない。
マンスリーマンションを考えているとカウンセラーにした。もともとはそのためにはじめたアルバイトだ。ただ、どのタイミングで出ればいいのかに迷いがある。兄の存在と影響力に「慣れ」るまでいればいいのか。思えばずっとこうだったんだから、我慢できそうな気もする。だけど、我慢しすぎて、傷ついた自分を曲げて、「正論」に沿うように葛藤を処理する回路ができてしまったら危険だというふうにカウンセラーは言う。
私は私の生き方を、色あせたもののように感じるというふうに言ったけれど、兄が帰る前はそうは思わなかった。今でも、そうじゃない、これでいいんだ、という声がするのが、小さいながらも聞こえてくる。だから、これを大事にしなきゃいけない。マンスリーマンションも、実現するにしてもしないにしても、カードとして持っておくことは大事なことだ。
ここから避難せずに、兄を身近にしながら、揺るぎない自分を保てるような状態が一番理想的だという思いもある。兄の生き方は生き方として、それに引きずられないような。自分の生き方を、自分だけの唯一無二の価値あるものを思えるような。
母のいない間の、つかの間の休息。有効に使わなければならない、日曜日だ。
関連記事
ブラザー・コンプレックス
A surprising call from...
家族の話 | trackback(0) | comment(2) |
数日前、予告なしに兄がアメリカから帰ってきた。一時帰国で、8月半ばまでの2ヶ月半あまりを同居することになる。何度か書いたかもしれないが、今住んでいるところでは部屋数が足りないので、私が母親と六畳の部屋で寝起きをともにすることになる。
プライベートな空間もなく、兄の存在という圧迫感の下で、安定した精神を保っていられないのではないか、と危惧していたのだが。
突然の帰国にはじまったこの同部屋生活、当然ながらというか、母親とうまくいってない。
「あんたって本当、人に厳しく自分に甘いのね」
これは小さい頃から母が私にかけてきた呪いだ。
この言葉によって、私は独善的で自分中心的な人間のように感じさせられてきたが(まあ実際にそういうところはないとは言わないが)、これは多くは母親自身を指す言葉なんだと理解するようにしている。自分の意に染まないことがあると、どんな状況でもすぐにこのフレーズを発するからだ。
反論不可能で、しかも人の心に突き刺さる。
田口ランディがエッセイで、日常にあふれる「呪いの言葉」について書いていたというのをいろんな場面で思い出し、これはそれに該当しないか、と私は考えてしまうのだが。
呪いの言葉とは、人に分類不可能は疲労を与える言葉、生命エネルギーを奪う言葉である。ハラスメントともいう。特徴としては、
「意味不明・理解不可能だが、そのくせ後に引いて、その人の人生の重要な場面で足をひっぱるような、そんな言葉」。
具体例には、「私はあなたのためを思ってるのよ。」「そんなんじゃ誰からも嫌われるよ。」などなど、多数あるが、さきの母の言葉も呪いに該当するのではないかと考えている。
母はそういった呪いを兄には向けない。
兄がどれだけ傍若無人な態度をとっても、特に近年、私に対するような厳しい言葉がとんだ試しはない。理由は、私が同性で、兄が異性だからというのと、その他後述。
彼氏ができてから(彼氏ができたことはまだ言ってない)、毎週土曜日出かけるのだが、そのことについても、不満なようだった。「そんな遊ぶお金があるならお小遣いを減らす」と言ってきたから、「お金が惜しくなったのか。私はやるべきことはやっている、どう使おうが、何も咎められる筋合いはないよ」と言ったら、黙りはしたが当たりが一層強くなった。あーあ。
なんか愚痴っぽくなってしまった。
現実問題としては、相当疲れてなきゃ人の気配が気になってよく眠れない。睡眠不足と精神的疲労と風邪があいまって、カウンセリングは相当疲れた。考えたくない問題だったからだというのもある。
兄自身とのコミュニケーションは、以前よりは少しましになっている。兄の家族にのみ対するイライラ感や、冷たくて無関心な感じはなりを潜め、つまり甘えが消えて、理性的なコミュニケーションに徹しようという姿勢が伝わってくる。
理不尽なことで怒り出したり、なんていうことは一切ない。その意味では、母親の根拠のない非難の言葉に対してなどは、味方になってくれる可能性がある。ただ筋を違えると、ひたすら合理的で冷たい非難が待っていそうで、それも怖い。
家族の会話なんて意味不明なのが普通だと私は以前書いた。論理や合理は残念ながらなんの役に立つものでもない、と。その家族の会話で、「兄が味方になる」というひとつの事実がどれほどの効果をもたらすかというと、この家では絶対だ。というか、母に対しては絶対だ。兄の言葉は正義なのである。それがとりもあえず正論であったのは不幸中の幸いなのか。
![]() | 子どもは判ってくれない (文春文庫) (2006/06) 内田 樹 商品詳細を見る |
「呪いのコミュニケーション」について言及されています。内田樹は好きじゃなくなってしまったんだけれど。
家族の話 | trackback(0) | comment(0) |
| TOP |

